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旅行/2001年

2009.07.03

インドネシア旅行01年

旅行期間:9月4日~9月11日

母のお供で行ってきました、ひかり始めての海外旅行です。母は何度かインドネシアに行っているリピーター。準備は任せて…と思ったのが大間違いな旅行になってしまいました。
行きの関空からトラブルの始まりです。それでも実りの多い旅行になりました。

祖父がジャカルタでお店を開いていて、そこに祖母が嫁いでいき、子ども達が生まれました。長女が母です。戦争が始まると日本に引き上げてきました。そういう事があるからでしょうか、初めてのインドネシアなのに、生まれ故郷に帰ったような、妙に懐かしい感じがしました。

帰りは羽田で台風のため欠航や遅れが出て空港内は大変混雑していました。座る場所がない。母を腰掛けられる所に座らせて、私は床の上に座り柱に寄りかかっていました。こういう時は靴を履いているのも辛くなるので、脱いでいました。
台風の時期はもう二度と行くものかと、強い決意をする。

家に帰って、もうふらふらです。夜テレビを入れると、なにやら旅客機がビルに飛び込んでいる映像が映し出されています。息子が、どのチャンネルもこればかりだといっている。
でも、私は疲れているから、もう寝ます。
翌日、同時多発テロだとわかる。いわゆる9.11です。
メダンで一緒になった人たちは、翌日帰ってきました。空港の警備がとても厳しくなっていたそうです。

レート:1円⇒Rp.75(空港)

2009.07.02

ウブドゥ/バリ

空港に着いたのが8時過ぎ。日本語ガイドのグスティーさんが迎えに来てくださっていました。この日は火曜日。ウブドゥでは夜になると毎日どこかでガムラン、ケチャ、ジェゴグなどをしています。毎週火曜日はウブドゥでも一番上手だといわれている所(Samara Ratib)がしているというので、空港からまっすぐ行きました。時間的にもう始まっていると思っていたのですが、まだでしたので、始めから見れました。
料金:Rp.25,000
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歓迎の踊りから始まり、お清めをしてから次が始まります。
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本当にこのグループは上手だった。

翌日は、ケチャも見てきました。でもね、前日が良かったから、チョットきつかった。
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<ホテル>
なにせ、人任せの旅行の準備。ホテルの名前が分らない。
車はここのホテルの前まで行けません。車を降りてから急な坂道を登り、門に着きます。到着したのが夜で、周りが分りませんでしたから、朝になるのが楽しみです。
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…でも…
朝の早くから…4時頃から、四方、六方、八方からと、聞こえてくるのが、鶏の鳴く声。
滞在中は毎日4時起きでした。
東屋のような所で朝食を取ります。
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朝晩は涼しくて、上に一枚着るものが必要でした。
眼下に水田が広がり、の~んびりとした雰囲気の所。
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向こう側に見える家は、オランダの人の家だそうです。

ホテル前の道。
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本当に急な坂なのですから。

ホテル内部
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トイレと浴槽の周りには、蟻の大群が…。

バリの王朝文化の住居
日本語ガイドの人の家に招かれて、昼食をご馳走になりました。香辛料を使ったお料理が、こんなに美味しいとは思いませんでした。でも、口の中がやけど状態。美味しい物を美味しく食べられなくて、残念でした。ホテルでの朝食にフルーツサラダが出るのですが、中に入っているパインがしみるのですから。

ここのお家は、バリの王朝文化の伝統的な建物のようです。住居の構成が、地域の構成と対応しています。
門から階段数段上がって行くと、魔よけのついたての様な物が立てられています。家族寺があり、家の中央にある、みんなの集まる場所から聖なる山アグン山の方向に家族寺があります。地形の関係でこの限りではないそうです。

みんなの集まる場所
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奥の半分は、亡くなった人を一時的に安置しておく所。

ここの向こう側に、台所、トイレ・マンディの部屋があります。
右側に、お父さんの台所、米をとぐ場所、井戸、洗濯場が並んでいます。

井戸
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お父さんの部屋
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部屋に入る階段の前左右には、生まれたこの胎盤を埋めて、その上に小石を置いています。左右に分かれているのは、男の子、女の子の別です。
お父さんの部屋の奥側隣りには、家族寺があります。

お部屋の一つが分かれて建てられています
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お寺で葬儀があり、お供え物を持っていくところです。正装しなければいけませんので、私達もバリの正装をして向かいました。

敷地の中に入るとすぐ受付があります。ここで引き出物のような、お菓子と飲み物が入っている紙でできた箱をもらいます。ここで日本人女性と出会いました。観光できていて、ガイドの人に案内してもらったのだそうです。
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ここは一ヶ月かかって飾り付けをしたのだそうです。

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見事な飾り付けです。

男性たちが集まって歓談をしてるばしょもありました。

お客さんは準備までです。葬儀には参加できません。
インドネシアでは葬儀には沢山のお金がかかりますので、お金のある家は亡くなった時に葬儀をしますが、そうでない家では、誰かが亡くなると一度お墓に埋めて、葬儀の日が来るとお墓から掘り起こします。お金が出来次第する家もありますが、9月は葬儀の月で、集落ごとにこの一年間なくなった方たちの葬儀をします。
車で走っていると、葬儀の列に出会いました。
火葬の時の行列です。
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火葬した後は遺骨とお供え物を産みに流しに行きます。参列者は白い服を着ます。

ウブドゥから車でしばらく走った所の市場です。市場前の階段で女性と女の子がお供え物を入れるかごを作っています。大きい物は男性も作りますが、お供え物つくりは女性の仕事です。ここの階段の手前にお供えものがあります。レストランの出入り口の前、テーブルの上、車の中、住居の出入り口の一つ一つ・・・。あちこちにお供えがして有ります。
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塩田
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バリの塩は、こくと甘みがあり、とても美味しいのです。
海水を砂浜にまいて、乾くと表面を集めて、写真の右側にある小屋で次の作業をします。
集めた塩を含んだ砂に水を入れて砂を取ります。釜の中に塩水をいて煮詰めます。煮詰めた塩水を、天日で乾かします。
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売ってほしいと言ったのですが、断られました。

モンキーフォレスト通り
旅行のガイドブックを読んでいて、行ってみたかったモンキーフォレスト通りに行きました。沢山の観光客が行き来しているのですが、お店は閑散としていました。
絵葉書を買おうとお店によりましたが、3枚で○ルピアだと言ったのですが、会計になってから、1枚の値段だといいます。話が違うじゃないと交渉したのですが、決裂のままに終わり、私が買えるときには、お店の人二人がけんかになっていました。

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チョット一休みをしたレストランです。奥に中庭があり、向こう側は住所になっていました。

2009.07.01

メダン

バリからジャカルタで乗換えをして、スマトラ島のメダンに行きました。
ジャカルタの乗換えで待っているとき、テレビからポピュラー音楽が放映されていました。現代曲に伝統的な楽器も使っているところは、チョットうらやましくなりました。

メダンの空港に到着すると、先にメダンに行っていた日本人と、泊めて頂くおうちの人が迎えに来てくださっていました。
メダンのお姉さんの顔を見てびっくり。近所の奥さんに瓜二つなのですから、どうして奥さん、ここに居るのと思いました。

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夕食です。私が始めての海外旅行だと考慮してくださり、香辛料を使わないお料理を出してくださいました。バリでは口の中が焼けど状態だったので、大変助かりました。
一匹丸ごと素揚げした魚は我が家では作れません。小松菜とほうれん草の間のような緑色の野菜を煮た料理は、美味しかった。

ここの家のお母さんが、日本語の歌を歌いました。なぜ知っているのかを考えると、しんみりしました。
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滞在中は踊りの先生が来て、教えていただきましたが、手だけ、ステップだけでしたら出来るのですが、その両方ですと合いません。先生の踊りと合っている人が誰一人としていませんでしたが、最後の方は何とか合ってきました。ギャラリーは大爆笑です。

紙風船で遊んだ、楽しい食後のひと時。
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札幌にはインドネシアの子ども達への奨学金のグループがあります。メダンにも奨学生がいて、皆集まりましたので、全員の近況を聞きました。
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・奨学金は出ているが、学校に行く為の交通費がなく、片道歩いているが、これ以上通えない。交通費を出してもらえないか。
・父親死亡。子供は叔母の所に預けられ、母親は働いている。
・父親死亡。朝、市場でハンガーとベルトを売り、その後学校へ。
・父親死亡。お母さんはお菓子を作って売っている。朝はお母さんのお菓子つくりを手伝ってから学校に行っている。
・卒論書くのにお金が無い。タイプを打ったり、印刷し、教授へのお礼が沢山かかる。
・国立スマトラ大学で日本語を勉強している。日本に行って働きたい。
・国立大学の薬学部。勉強が忙しく、夜遅くなることが有るので、大学に泊まる時もある。

来ていた子ども達の半数が母子家庭でした。厳しい状況の中で、どうしていくかの難しさを感じました。

小学校
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貧しい家庭の子供が行く私立小学校に行ってきました。先生たちはボランティアでしていて、他の学校で働いてお給料をもらっているそうです。机と椅子が20個足りないので、二人用の机を3人が使っていました。父兄が少しづつお金を出し合っているのだそうですが、何もかもが足りません。とりあえず、授業で先生が使うチョーク、三角定規、コンパス。子ども達にノート、ボールペン、サッカーボールを届けました。
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教室の前の空き地にヤギが居ましたので、一緒に写真を撮ろうと誘っているのですが、なかなかカメラの方を向いてくれません。

国立高校
生徒数約800 先生は75人くらい。
日本を紹介する授業をし、一番日本語が出来る方が担当しました。
生徒たちの目が輝いていて、意欲的で感動しました。中庭で体操をしているクラスがありましたが、だらだらしている子はいませんでした。校長先生は、子ども達は勉強をする気があるが、教育制度が整っていないと言っていました。

授業風景
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いつの間にか廊下も人だかりです。
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3人がかりで浴衣の着付けをされているモデルの子は、汗だくでした。
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後ろでは男の子が剣玉に興じています。

図書室
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本の数が足りないという事です

職員室
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小学校から小学校から高校までは、学校が足りない為2部制をとっています。日本の職員室とは様子が違うので驚きました。

下校風景
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タコスと呼ばれるミニバスが沢山走っています。タコスの屋根に乗っている子もいました。

トバ湖方面へ
日曜日には、大型バスを貸しきってインドネシア最大の湖、トバ湖方面に行きました。親戚の方たち、お友達がお友達を呼び、運転手さんのお子さんも居たりして、50人五度になりました。子供たちに日本からのお土産を配ったり、ワイワイ、ガヤガヤの車中です。

山の方いったいはプロテスタントの地域で、あちこちに教会が建っています。結婚式をしている教会も有りました。でも、周りには家が見当たりません。

後ろに乗っていた子が、車酔いをしたので、外の空気を吸うために立ち寄ったところが、ドカン村。入村料が必要です。

ドカン村の伝統的家屋
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8世帯30人が住んでいるこの家に入れてもらえました。壁で部屋を仕切っているのではなく、ワンルームのようになっていて、中央の通路を挟んで両側に背の低い家具で仕切ってあります。左右に二つづつでかまどが4つありました。その壁側にはカーテンで仕切られている、寝る場所があります。窓は小さく、中は薄暗いです。電線が通っているのですが、この家には電気がありませんので、夜はランプです。
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村の中を歩いていると、何処からか、とても上手な子ども達の歌声が聞こえてきますので、行ってみました。
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日曜日は小学校で賛美の練習をしているのだそうです。天使の歌声でした。どうしてこんなに声が綺麗なのでしょう。

トバ湖が見えます。トバ湖には行けないと思っていたので、感動しました。到着時は晴れていたのですが、すぐ雲がかかってきました。
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シピソピソの滝
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シピソピソの滝が見える東屋のような所でお弁当を食べました。紙にご飯とおかずを乗せて食べます。
食後は皆で遊び、楽しいひと時を過ごしました。
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ブラスタギ
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帰りは1時間ほど、ブラスタギに寄りました。
果物を沢山売っているお店で、果物の試食。とうもろこしを皮のまま茹でてあるのには驚きました。品種改良をする前って、こういう味だったのかなと思いました。

結婚式
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結婚式の列と出会いました。新郎新婦を先頭に、親戚の人たちではないかと思われる人たち、最後は鳴り物です。結婚式があるお家の向かいの空き地も使ってパーティーをするようです。