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2004年10月

2004.10.29

PHS基地局撤去

 庭の工事をし、電柱などを移動させていくと、PHS基地局は電磁波が強くて人体に悪影響があるとの近所の方からの指摘に、電磁波の事を少しだけ調べてみました。「電磁波問題市民研究会」のホームページがあり沢山の情報が載っていました。厚生労働省や環境庁に働きかけています。ヨーロッパの2カ国では、住宅地に基地局は立てないと法律で決まっているそうです。

 以前食物アレルギーの患者会に入っていたときにも家庭の中の電磁波について話題になった事がありますので、書いてある事は納得が出来ます。人体に悪影響があると主張する側と悪影響は無いと主張する側とでは、お互いの根拠が納得できないので、平行線をたどるのは当たり前だなと思いました。私が直接知っている人ではありせんが、鉄塔の電磁波の影響に耐えかねてとうとう引っ越した人がいました。

 そこで、市民研究会の事務局の人に問い合わせ、アドバイスを頂き、PHSの会社に撤去の申し出をしましたところ、あっさり撤去しますとのこと。今日、工事をして一件落着。


2004.10.25

聖体拝領

ミサ~洗礼式~
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 ミサの中心は聖体拝領です。聖体とは、ミサで聖別されたパンと葡萄酒です。その聖体を食し、神の力が働き、そこに復活のキリストが現存し、人とキリストが出会うことが出来る、という恵みの現実を聖体拝領といいます。

 イースタービレッジ・ミンダナオに行き、子供達の中に入っていると開放されます。テルはいつも以上にのびのびとしていましたし、一緒に行った人の中には、顔が変った人達がいました。帰りにマニラで夕食を食べながらストレスレベルを計ると、札幌にいる時はストレスだと言っていた人達なのに、皆レベル0~1でした。本当に開放されるのです。
 その人の中にはキリストがおられるというのは頭で理解していましたが、実感したことがありませんでした。あの時私は開放されていたのは、子供達をとおしてキリストとの出会いがあったからだと気付きました。1人1人の中にいるキリストが妨げられることなく伝わるのです。

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 ミサの時の聖体拝領は、キリストとの出会いだけではなく、日常生活の中で互いに仕えあい、愛し合うことの実践につながります。
 家族としてのかたちを取っているビレッジは、祐川神父さんが父親役をし父親の愛を、女性の職員が母親の愛を、子供たちはそれぞれ年下の子の面倒を見て、兄弟姉妹として、ダバオに住んでいて時々ビレッジに来る中島さんはおじいちゃん役をし、残念ながら、おばあちゃん役をする人がまだいません。
 建物の中央に充分に広く取ってあるリビングがあり、そこに子供たちやスタッフが集まるようになっています。この様に求心力を持たせているのは、守るべきものを守るという事。実際行ってみて子供たちは守られていると感じました。

 このような事から、イースタービレッジの活動は、ミサの延長上にあるもの、ミサの続きの活動なのだと思います。

2004.10.24

児童会館「わいわい秋まつり」


 テルが放課後に児童会館の子どもクラブ(学童保育のような所)に行っているからでしょうか、先週児童会館から電話がきまして、秋まつりの手伝いを頼まれました。私は型抜き担当です。
 開会式があり、「びっくりするマジックをかいてみよう」の表彰式がありました。マジックが好きなテルは第3位入賞です。セレモニーが終わり、型抜きの所に子供達がくるわ来るわ…。
「今日は。」
「……。」
模造紙に型抜きの形と番号を書いて壁に貼ってありますので、
「何番か決まりましたか?」
「えーと、〇番の△△。」
1人1回なので、判を押す用紙にはんこを押して、型抜きと針を渡します。
「針は無くさないように気をつけてね。使い終わったら返してね。」
全員ではありませんが、終わったら型抜きをしたものを持ってきます。大体出来ていたら、壁に貼ってある「かたぬき名人」のところに、名前と学年、形の番号を書きます。
「頑張ったね。」
「うん!」
こんなやり取りをしながら進めていきました。

 「これ…。」と言って、バラバラになったものを手のひらに乗せて持ってくる子もいますが、
「残念だぁ」と言って、名人の名前には書かさらない子もいました。半分に割れちゃったと持ってくる子には、回りを取っててみてご覧。頑張れるかい?と聞くと、大抵の子は頑張りますが、じゃんけんゲームが始まるとの案内が入ると、頑張れないと言って、ホールの方に走って行きます。その子は、じゃんけんゲームを頑張りました。
 あの子は名人になったのに、私はならなかったといったトラブルはありませんでした。
食べられる事を教えると、食べるのですが、一口味見して美味しくないとなげる子、全部食べる子、色々です。
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 じゃんけんゲームは、参加している子供達を座らせて、勝った子にはこのおもちゃが当たりますと見せて、欲しい子達を立たせます。そして、児童会館の先生とじゃんけんをして、負けるとガックリ座りこみます。2人残ったら2人でじゃんけんをし、勝った子がそのおもちゃをもらえます。ものすごい熱気でした。

 300人以上の参加があり、大盛況のうちに予定時間を1時間オーバーして終わりました。楽しいひとときでした。


2004.10.21

子供の頃のひそかな楽しみ

 今週のトラックバックのお題は「子供の頃夢中になったもの」。
そこで思い出したのが、隠れてしていたひそかな楽しみ。それは…
毎月お小遣いをもらうと買ってくるのが缶詰のコンデンスミルク。甘いコンデンスミルクが大好きだったのです。缶の上を2箇所缶きりで穴をあけ毎日チョットづつなめるのです。机についてある本立てに扉が付いていてしまえる所がありましたので、そこにしまっておきます。誰かに見つかって食べられたら悲しくなるので、あたりを見回して誰もいないのを確かめてから出してペロッと1回なめすぐにしまいます。この時の快感は譬えようがありません。至福のひと時です。一缶買うと1ヶ月はもたせようと努力するのですが、目標が達成されたためしがありません。
 最近娘がキャラメルを作る材料にコンデンスミルクを買ってきます。今はチューブの容器です。あの時の缶も売っていました。茶の間に誰もいないときに、こっそりと人差し指に少しとってなめています。子供の時と同じ快感があります。


2004.10.20

異文化との出会い

 今まで2回インドネシアに行き、こちらで開催されている文化交流会や里親説明会に出席し、「南アジアの文化を学ぶ」「東アジア・東南アジアの住文化」「歴史学の現在」「社会心理学―アジア的視点―」等などの科目を履修し、異文化に触れてきました。そこから得たメッセージは「日本回帰」でした。

日本の文化は?札幌の歴史は?私が住んでいる地域の歴史は?…。

 昨年はテレビ塔に上り札幌の中心部を眺めてみました。30年前はこんなにビルは多くなかったと、経済大国になったな、これを維持していくのに資源を使い大変だなと思いました。そこから、歴史的建造物を見たり、博物館に行き札幌の歴史を古代からの流れを見てきました。

 昨年、インドネシア・日本文化交流会に出て、インドネシアの人たちが自分の文化を伝えるすべを持っているのが羨ましくなり、着物なら着ているだけで伝えられるから、着物を着られるようになろうかなと思いました。そのような時に着物学園の人が家に来て、着付けを習いませんか?の勧誘でした。着物は肩が凝らないし、温かく、足回りも楽だって。それなら習ってみようかと、札幌の呉服店が主催している着付け教室に半年間通いました。着物は着ていると楽です。毎日ではありませんが、家にいる時も着ています。1日の暑さ・涼しさに対応でき、帯をしているので背筋が真っ直ぐになります。着物は優れていると思います。

 次は、子供の頃に憧れていた、お琴を習おうかと思ったのですが、私の性格では琴よりも三味線の方がいいかもしれません。

2004.10.15

日差しがぽかぽか

 今年1月に猛吹雪があり、一人で雪かきをしていました。
いつまで雪かきをしているのかな。
60才や70歳になってもしているのかな。
それまで生きていられるかな。
…なんて考えていたら寂しくなってきて向えのおばちゃんに話しかけているの。
その時に思いついた事を今、実行しています。

 隣りにアパートが出来、我が家の車が駐車しずらくなった事もあり、庭をつぶして駐車場にする事にしました。庭には木が9本あり、全部取りました。木がなくなったら空が見えるのですね。風景がすっかり変わってしまいました。通りがかりの人は、「桜の木も切るのですか?」と工事の人に言っていたそうです。春になると大きな木に花が咲き、近所の人たちの楽しみの一つとなっていました。お花見しようねと、桜の木の下でジンギスカンをした事もあります。お花見はベランダの前でしていました。
 子供達が小さかった時は、おんこの実を取るのが大好きでした。娘が幼稚園に行っていたときは、園に行く前につつじの花を髪に飾っていくと、先生にしまおうねと取られてしまいました。息子が2歳くらいの時は、バケツに土を水を入れてかき混ぜ、その中に入り腰までつかってにっこりしていました。松の木がありましたので、秋になると松ぼっくりが落ちています。冬になると、かまくらを作りました。春が近づいてくると、木の周りから雪がとけてきます。
 思い出がたくさんある庭ですが、つぶしてしまいました。
 
 今日は暖かい日だなと思ったら、木がなくなったので日差しが茶の間の奥にまで入って来てぽかぽかしていました。晴れている日は暖かい冬が迎えられそうです。


2004.10.07

ミンダナオ旅行の余韻

 毎年秋の恒例行事、個人懇談があってテルのママが行って来ました。
私は出かける用事があったので家にいませんでしたから、1人でお留守番が出来ないテルはママと一緒に学校について行き、廊下で待っていました。

 2学期が始まってしばらくの間テルは落ち着きがなく授業に集中できなかったそうです。理由はミンダナオが楽しかったから。滝壷の話しは良くしていたそうです。
 帰ってすぐに2学期ですから、楽しかった旅行の余韻が残っているし、話したくなる。先生は「とても楽しかったようですね」。

 もって帰ってきたアトラスオオカブトは防腐処理をして夏休みの自由研究に持っていきました。何が研究になっていたかって?そりゃ―、アトラス飛ばしです。自由研究を持って帰ってもいい時期になっても、なかなか持って帰ってこなくて、9月30日になってから同じクラスの子が届けてくれました。廊下に展示してあったそうです。

 テルは今は落ち着いて来たということです。
 私も後期に入り放送授業が始まりました。何をするのか分らない科目を履修してしまいましたが、お勉強をしてみましょう。

2004.10.03

絶妙なタイミング

 何事にもちょうど良いタイミングがあります。
この事をいつも感じるのが、着物のリサイクル店「まめぐら」です。
買いに行くと、良い物が入ったよと出してくれます。着付け教室に行っていた時は、着付けの先生が私の着物や帯を褒めてくれます。高価な物ではないのですが、一味違うのです。…と、私は思います。

 今日も「まめぐら」に行ってきました。寒くなったのでコートを探していてもなかなか良い物が見つからず、気に入った反物で仕立てるカナと思い、反物も見ていたのですが、見つかりません。物色していたら店長が声をかけてくれて、あれこれ探してくれました。なかなか気に入った物が無くて、「これ、いい!!」と見つけた物が、2日前に入った物だって。

 あの模様を言葉で表現するのは難しいです。チョット見られない冬用のコートです。高い物ではないのですが、いつの日か私が気に入った着物を公開しようと考えています。


2004.10.02

オリジナル料理

 以前、食物アレルギーの患者会にいた時、料理集を作りました。限られた食材である程度の品数にしなければなりません。120品くらいにしたと思います。なかなか目標の品数にならなくて、最後は、この材料でこうして作ればこうなるはず…。これで何品考えたかしら。実際どのような物が出来あがるかは作ってみた人教えてください…、とは書けませんでした。

 私の考えた料理の特長は、何といってもネーミングです。乳製品、大豆製品、卵製品、米、麦等が使えないのですから、ネーミングで遊んでみました。「ジャガイモの初恋」は、どんな料理だと思いますか?「ゆでジャガイモのミートソースかけ」にしたほうが分りやすいと思います。「大根のひとり立ち」は、大根サラダだと思ってください。

 乳製品が使えないのですから、ケーキが食べられません。そこで考えたのが「とうふの生クリーム」です。とうふの水気を切ってミキサーにかけて砂糖を加えるのです。白和えのような味です。

 牛肉、豚肉、鶏肉が使えませんから、鹿肉、食用カエル、馬肉、かも肉を食べました。食用カエルは骨付きですから、骨でダシを取ってみました。

 穀物は、稗、粟、きび、こうりゃん、キヌア、アマランサスを食べていました。アマランサスは粒が小さくてとても食べずらいので、粉にしてホットケーキみたいに焼いて食べていました。

 あの時は、工夫していたのに、今ではお料理の本を見ながら作っても、なぜかオリジナル料理のように出来上がってしまいます。

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