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2004年12月

2004.12.31

ゆく年くる年、こんな年

この1年は、親族の入院が続きました。6月は父が入院し、24時間酸素の生活になりました。今は退院し、ぼちぼちの生活です。8月はミンダナオに行き、転地療養をしてきて体調が良くなり喜んでいました。9月の連休は祖母の車椅子を押して浜松に行く予定でしたが、直前になり祖母が体調を崩し旅行はキャンセルになり、結局入院しました。退院ししばらくは辛そうでしたが、11月に入ると良くなったらしい。様子を見に行くと元気。浜松に行くために体調を整えているとの事。来年と思っていたのですが、いまだと思い12月1日から二人で浜松に行きました。祖母は自立していて、前向きで、手を貸してほしいときは頼ってきますが、寄りかかってきませんし、老いを受け入れていますので付き合っていて楽です。「目指せ!ばあちゃん!!」と私の目標です。
 浜松旅行の興奮が冷めたのでしょうか、22日に熱を出し再び入院。老老介護には限界があるので、親族と連絡を取り合いながら私が動くことになります。年内の退院は出来なくて、祖母は病院でお正月です。
 私は息子が元旦から開店しているお店に勤務が変わり、娘親子はお友達とお年とりをし、初日の出を皆で見に行くのだそうです。そのままディズニーの映画を見に行くって。そんなわけで私一人の正月になりました。こんな正月は初めてです。来るべき一人暮らしの練習だと受け止めて、前向き、前向き。そこで元旦は祖母の家に行き年賀状や頼まれたものを持って病院に行くことにしました。
 上の世代に付き合った1年が過ぎ、これからの1年も引き続き上の世代とのお付き合いが始まりました。

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2004.12.25

教会学校のクリスマス

 私が行っているカトリック月寒教会の教会学校の子ども達は、12月に入ってからクリスマスの出し物の練習を始めました。ペープサート、ハンドベル、歌、踊り。短い時間で練習をしました。リーダーが居なくて幼児クラスがしばらくお休みしていましたが、クリスマスを機会に再開しました。歌の練習をしようと1曲用意していましたが、参加が一組の親子なので、急遽小学生と一緒にハンドベルの仲間に入れてもらいました。幼児から中学生までひとつになっての練習です。教会学校は女性上位で、女の子が多く、男の子は「女ばっか」と言いながらの練習です。ハンドベル、歌、踊りは中学生の女の子がリードを取りました。出番を待っている幼児さんは退屈です。
 25日の10:00からのミサ後のパーティーのときに披露しました。その後、サンタクロース登場の予定でしたが、到着が送れ、2階の和室でビンゴをしましょうと、大人も子供も集まっているときに、サンタさんが玄関に到着しました。サンタさんが来たと急いで2階に知らせに行くと、大人も子供も興奮状態。教会中が興奮の渦に巻き込まれました。
2階の和室で、サンタさんを囲んでお話を聞きました。子供たちが覚えたことは、サンタさんは北極に住んでいることと、日本人でもなく外国人でもなく、国際人だということです。小学低学年の男の子たちが一番前を陣取って、ちょっと騒ぎました。その中にテルヤがいます。サンタさんにちょっかいをかけたり、プレゼントが入っている大きな袋に手を出したりしているものですから、サンタさんに袋の中に入れられるところでした。サンタは何歳でしょうとの質問にテルヤは2004歳と答え、一番近いって。
 プレゼントをもらい、記念写真を撮って、サンタさんとお別れをしました。その後ビンゴをしてプレゼント交換をし、ケーキをもらい解散です。

住む人が建てた家/キダパワン

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ここに住んでいる家族は大所帯です。(23人だったかな?)。この家では狭いので、向かい側にもうひとつこの家より一回り狭い家があります。
地面を掘って柱を建てている掘立柱です。柱や梁の骨組みは木で、壁は木の板や竹で編んだ菱形模様の物を柱に釘で打ちつけています。屋根は竹で葺いています。三角の小屋組みの外側に細い木を横に渡して、割った竹の節の内側にあるつめのような所を引っ掛けています。下から葺いていって、1個の上半分を重ねて順番に上のほうまで作っていっています。引っ掛けているところは、明治以降に出来た瓦と似ています。瓦は、横に細い木を渡して瓦の裏に爪のような物を作り、引っ掛けています。人間って考えることは同じようです。
住む人が自分で建てた家。近代化が進んできて、建築資材が近くにある物からコンクリートやガラス等に変わったり、分業が進んで大工さんが建てる様になりましたが、生活に必要な技術ってもともと持っているんだなと思いました。
そういえば、小さい子が積み木で、長い積み木を2本立て、横にもうひとつ積み木を渡して、その上に三角の積み木を乗せて、家の出来上がり。これを釘で打ち付ければ、柱梁ピン構造。妙に納得してしまいました。

2004.12.23

サンタクロースからのプレゼント

 子供たちが小さかったころは、サンタさんが居るのだと思わせるのに、あの手この手を使いました。プレゼントは、デパートの包装用紙では分ってしまうので、買ってきた包装用紙に包み変えます。夜中にこっそりと部屋に持っていくのですが、小学校の中学年くらいになると、ちょっとした物音にもこどもたちは敏感に反応し、起き上がります。
デパートなどで、サンタさんに手紙をかいて出すと返事が来るというお手紙セットを売っていたので買ってきて、本当に返事が来ました。
 娘が小学4年生のときに、子供たちの中で、サンタさんは10歳以上の子にはプレゼントをくれないという噂話がありました。本当にその通りで、我が家にサンタさんが来たのは9歳までです。
そんな母の努力のかいあって、娘はすっかりサンタさんの存在を信じていました。子供が生まれて初めてのクリスマスは、サンタさんが来るのを本当に待っていたのですから!
だから、本当はお母さんがプレゼントを置いていたのだと教えてあげましたら、夢が壊されたと悲しんでいました。そんな娘に私は驚いた。
 息子は、小学生のときに嘘だと分ったって。トナカイのそりに乗って空を飛ぶのが信じられなかったそうです。
 今はお孫ちゃんのサンタさんをしています。

2004.12.22

ゴミステーション哀歌

 我が家は角地にありますので、ごみステーションがあります。近所の人たちが片付けたりしているので、私一人でしているわけではないのですが、今時期は雪かきが1番の仕事です。雪の中からゴミ袋が出てくると、これ見よがしに電柱に下げておきます。
 向えの家の前にあった時は、上にかぶせる網もなかったので、カラスがゴミをつついてかなり散乱していました。今は網があるのでずいぶん良くなったのですが、それでもゴミは散らかります。隣の家で、早朝はカラスがゴミをくわえて屋根の上にいるのだそうです。カラスの足音が聞こえてくるって。
 つい最近は、ビン、カン、ペット、プラスチックの資源ごみの日に、ゴミが散乱しているではありませんか。おまけに、その上に雪がうっすらと積もり、車が走って固めていった。ゴミを拾い集めながら思いついた替え歌・・・

♪カラス なぜ来るの
 カラスはゴミステーションに
 ゴミがあるから 来るんだよ
 ゴーーミ、ゴーーミとカラスは鳴くの
 ゴーーミ、ゴーーミと鳴くんだよ
 屋根の上に行ってみてごらん
 ゴミをくわえたカラスがいるんだよ

2004.12.14

正月事始

12月13日は正月事始。お正月の準備を始める日です。クリスマス準備の最中だと言うのに、もう早お正月準備。手始めに、この日は年賀状を書きました。以前は近況を書いて写真付きで出していたのですが、昨年から事情があって、当たり障りのない、どおって事のない年賀状にしましたので、作るのは簡単。裏書は、パソコンに入っているソフトを使って作り、あて先はボールペンで書いていますが、2~3時間で仕上がりました。後はチョコチョコとそこらへんを綺麗にしながら、暮れ、正月の献立を考えることにしよう。
来年の正月は、子供たちの休みがいつ取れるか分らない状況です。休みがそろって取れる中旬過ぎてから、実家に行こうかな?と、考えています。お正月に家族全員が揃わないのは、初めてのような気がします。

2004.12.10

予想外の試験問題

 試験が近づいてくると、無性に書き込みがしたくなります。とにかくパソコンをカタカタしていたいのです。今週のトラックバックは「テスト喜怒哀楽」。半年に一度の経験をしている私は、そりゃあ、ありますよ。

 放送授業の中で先生が、夏目漱石の「吾輩は猫である」は、明治時代始めの上流階級の生活が良く分ると、3回言っていましたが、私は漱石の小説を読む気にならなかった。出された試験問題は記述式で、吾輩は猫であるの小説の中からでした。・・・を評価せよとの試験問題を読んで頭がパニックになり10分ロスしたわ。
 アンケート用紙のような調査票を配って、集計し、分析をします。私に統計学の話をしないでよ。パソコンが全部してくれるなんて言われたからには、すっかりやる気が無くなってくる。分析では意味が分らなくて、とにかく言葉だけを覚えました。試験をしてみて分ったことは、言葉を覚えていても意味が分らなければ、出された問題に答えられないということです。マークシート方式だったので、適当に線を引いておきました。
 住居が好きだから、住文化の科目には気合が入ります。記述式の通信添削指導では、「非常によく理解していると思います」との先生の赤ペン。ヨッシャ、単位認定試験では良い成績取るぞと益々気合が入ったのに、問題が構造のことからの出題。???構造って、そんな話しあったっけ???

 担当の先生に言いたいことは、とにかく、私が興味を持ったことと、覚えていることを出題してほしい。そうでなければ、不合格になる。後1ヵ月半で試験。お願いだから、単位を取らせておくれ。

よく遊び、よく学べ

 7年前に人生設計をしました。55歳になってから旅行に行き遊ぼう。それまでは家でおとなしくしていて、お金を使わないようにしなければ。何もしないでいるのはもったいないから勉強をしようと、放送大学に入学しました。入学したとたんに旅行です。以来、国内と東南アジアのどこかに毎年行っています。人生設計はうまく事が運ばず予想外です。
 能力があって勉強をしているのではないので、ちょっと頭を使うとすぐボーっとしてきます。今は苦手な分野の科目をとってしまったせいか、勉強をしないで遊びたいなと思います。それでも、学習したことが旅行したときに役立っているので、このままお勉強は続けていこうと思うのですが、遊びたくなってきます。
 先週は浜松に行ってきてお勉強が遅れているので、今日は「よく遊び、よく学べ」と自分に言い聞かせて、苦手な分野をしました。来月のテスト、単位が取れるかどうかとても不安です。

放送大学で遊ぼう

2004.12.09

旅行後の楽しみ

浜松から帰ってきて1週間が経とうとしています。食事では叔母が持たせてくれた「わさび漬け」でご飯を食べ、浜松で買ってきたお茶を飲みながら「うなぎぱい」や「うなぎんぼ」を食べ、道路沿いにあった生産者が出している売店で買ったみかんを食べ、幸せ気分に浸っています。今日の夕食では、みかん農家で買ってきた山芋を摩り下ろし、マグロのやまかけにしました。わさびの代わりに「わさび漬け」を使ってみると、美味しくなかった。
 インドネシアに行ったときは、インドネシアコーヒーや料理に使う香辛料、飴、えびせんと呼ばれているもの、その他色々買ってきて、家で楽しんでいます。
 ミンダナオに行ったときは、欲しい物をじっと我慢してましたので、お楽しみはすぐに終わってしまいました。
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上の左からコーヒー飴の“コピコ”。この他にコーヒーミルクもありました。インドネシア産です。懐かしかったので買いました。2つ目は“インスタントラーメン”。沢山の種類があり驚きました。味見にこの二つを買ってきて食べました。五目ラーメン風に野菜仕立てにしてみましょう。3つ目の「おいしい」はどんなのだったか忘れた。かっぱえびせんだったかな?4つ目の「ベスト」は、高温の油で揚げると、スナック菓子のような感じです。これと似たようなものがインドネシアにもあり、「えびせん」と呼ばれるものです。下が飴数種類とマンゴーゼリーです。次回に行くときは、遠慮なく買ってきますわ。私のお楽しみですもの。

2004.12.07

降雪・除雪・筋肉痛

 土曜日に浜松から帰ってきて、翌日の日曜日の朝、外を見ると雪が積もっているではありませんか。予想外の風景に一瞬呆然。ロードヒーティングが間に合いません。午前中は教会に行き、午後から除雪です。積もっている雪の下三分の一は解けているので、ビチョビチョの雪です。重いのなんのって・・・。こんなはずではなかったと思いつつ除雪です。玄関前とうちの2台分の駐車場所を3回に分けて除雪しました。雪が降る中での一人での作業。浜松は紅葉だよ。帰ってきたらいきなり雪ですか。来年もまた浜松に行こうとおばあちゃんが言っている。それまで家の事はしなければ・・・。浜松への路、浜松への路・・・と、自分に言い聞かせながらせっせと除雪。ごみステーションまでは出来ませんでしたから、月曜日にしました。月曜日には除雪車が入っていて道路の雪を置いていかれたので、これくらいの広さがあれば、火曜日の燃えるごみの日はなんとかなりそうだ・・・、というよりも、ここで手を打ったというほうが正しいです。
 そしてやってきた、筋肉痛。今回は腿の後ろの方が痛いのです。どうしてこんな所が痛くなったのか不思議です。おまけに、右の手のひらにまめが出来ました。本格的な雪の季節がやってきました。

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