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2005.03.21

「TSUNAMI留学生帰国支援」被災国をもっと知ろう 北海道集会

 3月19日(土)に開催されました集会に参加しました。
パネル展
 バンダアチェの写真が展示してありました。同じ場所での被災前と被災後の航空写真は、家がなくなって茶色になっています。まるで原爆投下後の広島のようでした。民家の屋根の上に乗った船。陸地にはセメント運搬船。津波が襲った後の家の残骸と共に、遺体が無数に・・・。残された人々の悲しみ・・・。モスクでは小学生の勉強会。

航空券贈呈
 TSUNAMIはスマトラ沖地震の津波の被災国から留学している学生を、ボランティア活動のために一時帰国する為の交通費を集めています。今までに13人の留学生が一時帰国しました。航空券が高いので、ガルーダ・インドネシア航空と交渉し、格安で往復できるようになりました。
 今回はバンダ・アチェから北海道大学に留学している男性が1ヶ月間一時帰国します。目的は①政府がしようとしている事と住民の要望との間に格差があるので、それを埋める。
②学校が流されてしまったので、モスクでお勉強会を開いているので、学校を建てるため。
③全部流されてしまい、仕事が無くなったので、新しい仕事を作るため。(例えば、鶏の飼育)

「被災後のアチェ・知らされない事実」 
上記の題で、フリージャーナリストの志葉 玲(しば れい)さんの講演です。
アチェはインドネシアからの独立を目指しているので紛争が続いていて、軍の監視体制が敷かれています。避難所では監視する人がいて、住民はおびえて暮らしていますので、早く元の住んでいた場所に戻りたいと願っています。アチェでは天然ガスが取れるので、採掘しているところでは、守りを目的に軍部が居ます。根拠が無くても政府に反抗していると疑いがかかると、連れて行かれ、皮膚や肉が削げ落ちるほどの暴行や生きたまま焼かれるなどの拷問が、ここで行われています。

 志葉さんが、夫と兄弟一人が根拠の無い疑いをかけられ、軍に誘拐され帰ってこないという女性と出会ったそうです。その女性に、生活が大変だろうからと、お金を渡した男性が連れ去られ、拷問を受け帰ってきた。男性は恐怖心のあまり、家に居られなくて、夜は椰子の木の上に上り体を縛り付けて寝ていた。ある日、強い雨が降り、木の上のほうが倒れ、男性は亡くなったそうです。
 災害が起きてから、多数の外国からジャーナリストが行っていますが、災害の取材ならいいのですが、こと人権に関わったものなら軍部は困るので、監視が厳しいそうです。独立派ゲリラの居る地域で人権で取材しているのが分ると、軍部が連れ去ると国家間の対立になるので、射殺し、ゲリラがしたことにする。これで犠牲になった外国のジャーナリストは2人。だから、志葉さんは、かなり慎重にしていたそうです。
 カンボジアのポルポトと同じ事をしているなと思いました。

 志葉さんが写したビデオと写真を見せてもらいました。
遺体をそのままにしておくのはかわいそうだと、地域の住民が回収作業をしています。腐敗が進み泥まみれになっています。誰かわからないので、そのまま土葬にしていました。半日で25体葬っているそうです。避難所側から、物資はここに置いて下さいと言われたので、毛布を400枚置いたら、200枚しか行き渡っていなかった、と言う例があるため、必要な人に直接渡さなければなりません。被災者に直接渡している日本人のNPO団体の活動の様子も分りました。

 残された人たちは、この津波は神がしたことだと理解しています。軍部によって弾圧され、辛い生活を強いられているので、神様が、もうこれ以上苦しまなくてもいいよ。こっちにおいでと、大きな津波を起こしたと、言っているという事です。

志葉 玲さんのサイト
http://homupage2.nifty.com/rei-repoet/
http://reishiva.exblog.jp/

被災者が語る「津波の脅威」
 バンダアチェの大学で講師をしているシャーリアルさんが、自身で写したビデオを上映しながら、説明をしてくれました。

 まず、津波1時間後の映像です。大きな道路を友人のバイクの後ろに乗って撮影したものです。日本の報道では、津波の被害を重点的に報道されていますが、地震の被害があります。10年前の阪神の地震に津波が押し寄せたような状況でした。地震は、横揺れとドンと下の落ちる揺れとがあったそうです。
 その1週間後の映像では、大きな通りでは、道路沿いと中央のグリーンベルトに沢山の人・・・。インドネシアでは地震があると逃げて、家から離れるように教えられているので、建物から離れた所に居るのです。途方にくれていると言う感じを受けました。
 ほとんどの橋が壊れているので、ドラム缶でいかだを組んで、川の端と端を渡したロープをたぐり寄せながら渡っていました。
 津波で何もかも無くなっている地域でも、モスクだけは残っていました。
 海に発電所があり、その大きな船が陸地にあります。これはそのままにしておいて、モニュメントとして使うそうです。
 報道されているテレビの映像より、もっと悲惨な状況でした。

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コメント

お久しぶりです 元気ですか!!
http://likeluke.way-nifty.com/apts/
このブログを見たことがありますか?
私のブログ友達の知り合いだそうです。

>神様が、もうこれ以上苦しまなくてもいいよ。こっちにおいでと、大きな津波を起こしたと・・・

とても切なくなりますね。


とにかく、支援物資がきちんと行き渡るといいのですが・・・

NPO、ジャーナリストの活躍。尊敬してます。

キットboxさん、民田直人さん、コメントありがとうございます。
TSUNAMIの集会の記事に書き忘れたのですが、バンダアチェとその近くのムラボーには救援物資がいきわたり避難所は大丈夫なのですが、ゲリラの活動している地域には、行っていないそうです。支援に行かれるのを、軍部が嫌がっているからだって。とにかく、嗅ぎ回って欲しくない。
アチェはゲリラより軍部が怖いと言う印象を受けました。

キットboxさんが紹介してくれたブログ、お気に入りに入れておきました。ありがとうございます。

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