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2007年6月

2007.06.28

お金では買えないもの

以前は良くお目にかかっていた奥さんと会わなくなりました。気になっていたのですが、わざわざご自宅に出向くような事ではないので、そのままでしたが、久しぶりに顔を合わせました。お互いの家族に難病の患者がいるのは分っています。
うちの方は少しずつ体力が付いてきて、以前より遠くまで歩いて行けるようになりましたが、奥さんのご家族は、日増しに悪くなるのが分るそうです。

医療費助成の話になり、助成があるといいですよねと話しながら、虚しくなってきます。いくら助成があって家計が助かるとはいえ、治療をしても、発病前には戻らないからです。
お金を積んで治るなら、持っているもの全部を売り払います。でも、そういう問題ではないのです。

娘が入院するときに、上の子が、お母さんの足が治って、一緒に遊べる。お母さんと一緒にサッカーが出来ると喜んでいましたが、どうもそうではないらしいと気付いたようです。家族それぞれが悲しみをかかえて生きてるように感じます。そういう状況の中でも、家族の絆が強くなっているのも感じます。


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2007.06.25

学校での罰金

以前、祐川神父さんから言語の説明を受けた事があるのですが、あまりの複雑さに分かりませんでした。ビレッジではセブアノ語を話すのですが、そのセブアノ語は4種類あるそうです。フィリピン政府は公用語政策に失敗しましたねと思いましたが、その後、多少なりとも調べてみると、古代からの歴史に理由があるように感じました。

ミンダナオ島の北部にあるブトゥアンの小学校では、学校でフィリピノ語と英語以外の言葉を使うと罰金1ペソだそうです。サギンエレメンタリースクールも同じようです。

フィリピンの言葉は、ハワイからアフリカ東のマダガスカル島までの広い範囲に分布しているオーストロネシア語族です。
 東南アジアのほとんどの国は、古代に民族ごとの王国を作りました。インドネシアなら、バリ島にはバリ人が住んでいてバリ語を話します。アチェ州にはアチェ人が住んでいてアチェ語を話します。地域の言葉は民族の言葉ですから、民族の言葉と国語のインドネシア語を覚えればいいのです。でも、フィリピンはホロ島を中心としたスールー王国とコタバトを中心としたマギンダナオ王国以外には王国を作らなかったのです。ですから、一つの民族であっても、いくつかの地域ごとのまとまりになります。これがフィリピンの言語を複雑にしています。
例えば、ビレッジにマノボ民族の兄弟がいます。マノボは大きく3つに分けて、北マノボ、中部マノボ、南マノボがあり、北マノボと南マノボはそれぞれ3つの言語があり、中部マノボは8つの言語と、マノボだけで細かく分けると14の言語があるようです。(世界民族言語事典MAP14)

スペイン時代では、言語をスペイン語にするのには積極的ではありませんでしたが、それぞれの言葉にスペイン語が入ってきました。アメリカ時代では、沢山の教師を派遣してフィリピンの言葉を英語化しました。

 1937年 ケソン大統領、タガログ語を国語として使用すると宣言しましたが、セブアノやイロカノは強い反発をしました。
 1959年 文部省は国語の名称をピリピノ語(Pilipino)に改めましたが、反発は和らぎませんでした。
 1973年 マルコス政権下の憲法で、フィリピノ語(Filipino)を英語と共に公用語にしました。フィリピノ語は国語としての法的根拠を失いました。
 1987年 アキノ政権下で、憲法制定。フィリピノ語と英語が公用語になり、地方では地方言語が補助的公用語に定められました。
 1991年 国民統合に向けてフィリピノ語の標準化、普及政策の立案、実行をするために、大統領府にフィリピノ語委員会が設置されました。

学校で、フィリピノ語と英語以外の言葉を使うと罰金を取られる背景が見えてきたように感じました。

<追加>
2012年にフィリピンを訪れた時は、既に罰金はなくなっていました。

<言語や民族についての参考図書>
「世界民族事典」弘文堂 2000年
「世界民族言語地図」 R.E.アシャー、クリストファー・モーズレイ編 東洋書林2000年
「世界の民族」第10巻 平凡社 1978年
「フィリピンの事典」 石井米雄監修 同朋舎出版 1992年
「フィリピン」暮らしがわかるアジア読本 宮本勝・寺田勇文編 明石書店 2001年
「フィリピンの歴史・文化・社会:単一にして多様な国家」 
デェイビット・J.スタインバーグ著 明石書店 2000年

2007.06.22

免疫って難しい

「自己免疫のメカニズム」山本一彦著 羊土社

自己免疫疾患の事を知ろうと思い、上記の本を借りてきたのですが、用語が分らない。用語が分らないと、肝心の意味が分らない。それでも頑張って読み進めていったのですが、自己免疫疾患は誰でもなりうると分り、ここで読むのを止めました。

免疫の基本的なことが書いてあるサイトを見つけました。図が多くて文章は優しい言葉で書かれています。糖尿病の患者さんが書いたもので、「免疫」の所です。これを頭に入れてから、もう一度本を読んでみると、なるほどと思うところが出てきました。

以前、NHKで「脅威の小宇宙・人体」が放映になりました。免疫の本を買いましたので、チョット古いですがもう一度読み返してみるのもいいかもしれません。

人間の体って不思議ですわ。


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2007.06.18

娘の通院日

月に一度の通院日。

土曜日に運動会があったため、月曜日は代休ですので、学校はお休み。
それで、子供たち3人を連れて行きました。
先週、CIDPの交流会があり、持ってきて欲しいと頼んでおいたサポートグループのパンフレットをもらったので、外来の看護師さんに聞いてみました。
「昨年CIDPの患者会が出来たので、パンフレットを置いてほしいのですが、こういう話しは何処にもって行けばいいのでしょうか。」
「正式には何処かな?外来医長に聞いてみるね」
診察室に行き、すぐ戻ってきました。
「外来医長の許可が出たので、預かります。」
と言うわけで、パンフレットを預けてきました。
会員が増えればいいな。

患者会は、情報交換をしているところ。これが結構助かります。
病名を告げられて、戸惑っているとき、道の難病連の掲示板に書き込みをして、多発性硬化症の人と、CIDPの患者会の会員の人からの返事に気持ちが落ち着いて、私が入っているメーリングリストのメンバーの中に、お医者さんがいるので、ステロイドパルスのことを伺い、患者会に入会して、他の患者さんの例を知り、神経内科の先生の講演会の内容が届いて。

進行や治療の効果などは人それぞれですが、知る事で、漠然としていた不安がなくなりました。患者の家族としての心構えが出来てきたように思います。

CIDPサポートグループが出来、「みゅうのあんよ、パパにあげる」が出版された昨年はCIDPの年だったなと思います。


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2007.06.14

CIDP札幌交流会

CIDPサポートグループ(患者会)の事務局の方が出張で札幌に来たので、交流会を開きました。事務局の方は、交流会の前に北海道難病連に行ってきました。サポートグループは昨年発足した全国組織の患者会。今後会員を増やし北海道の会員が10人になったら、難病連に登録しようかなとのこと。登録しなくても難病連の利用が出来るそうで、講演会などに参加できそうなら出てみようかなと考えています。

自己免疫の本を図書館のサイトを検索したのですが、専門書や調査報告が沢山で、読みやすそうな本を借りてきたのですが、免疫の言葉かわからない。
サポートグループの掲示板に質問をすれば、詳しい人がいるので答えてくださるとの事。

他の方たちの現在の状況をうかがい、人それぞれなんだなと思いました。
娘は悪い方なのかもしれない。それでも、身障者手帳が交付になったり、担当医が教授ですし、恵まれている方のようです。

来週月曜日は、娘の通院日。事務局の人にパンフレットを沢山持ってきてもらったので、病院に置いてもらう様に交渉しましょう。

患者会の交流会、情報交換が出来て、参加してよかった。これを機会に時々集まれるような、何かをしたいね。

利用したファミリーレストラン、雨の日に来店するとドリンクサービス券をもらえます。行った時は曇りでしたが、帰りには小雨が降っていたので、参加人数分を私一人でもらってしまいました。チョット得した気分。

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2007.06.12

イースタービレッジの茶の間と台所

 文化が大好きな管理人。なんでも文化の視点で観察してしまいます。だから、イースタービレッジは何をしている所なのかを住文化で見てしまいました。
 イースタービレッジの建物は、横にお部屋が並んでいます。真ん中に一番広い部屋があるので、この部屋が一番大切な部屋だと思ったから、茶の間の使い方の観察をしてみました。

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 茶の間は横に長く広くて、中央より少し左側に台所が出っ張ってあります。上の写真は落成式の準備をしているところです。開口部が有る壁のあるところが台所です。手前で食事をしているときは、向こう側にある空間を感じなく、奥の方を使っているときも、こちら側にある空間を感じる事はありません。でも、半分は空いているので、遊んでいるときは、一つの空間として使えます。メリハリの利いた生活が出来ます。

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 訪問客が来たときの歓迎会や送別会、子ども達のお誕生会は、バーベキューをする時など建物の前のお庭を使うこともありますが、茶の間を使うときもあります。食事をしたり、遊んだりと、プライベートな場とパブリックな場とが一緒です。社会に向って開かれていると言う事です。
 ですから、何かにつけて子ども達とスタッフは、この部屋に集まってきます。求心力を持たせている部屋であるといえます。求心力を持たせているという事は、守るべきものを守るという事。子ども達を守るのだとの思いがこのような所に表れていました。

 台所の壁には、大きな開口部があります。ここは大切な役割を果たしています。落成式のパーティーではジュースを置いたり、普段は食器を置いたりと、カウンターとして使っていますが、台所に入っていると、この開口部があるために、台所の外側にいる人との関わりが断たれません。人との関わりを大切にしているのが良く分ります。

 始めてイースタービレッジを訪問し、台所が一番好きな場所になりました。

東南アジアと国家の枠組みが出来るまで

 東南アジア地域は長い間、インドと中国との間にある地域との認識しかされていませんでした。東南アジア地域は、王国があり、近隣の王国同士で戦争をし、勝って勢力を伸ばしたり、負けて小さくなったり、他の王国に移り住んだりしていました。モンゴルも攻めてきましたが、支配するに至りませんでした。この時にはまだ国家の枠組みはありません。
 大航海時代を迎え、次に来たのがヨーロッパ時代です。ヨーロッパ時代にも国家の枠組みはありませんでしたが、宗主国は何処なのかで済んでいました(例えば蘭領ジャワ島)。タイはイギリスとフランスが入ってきましたが、駐留にとどめたので、ヨーロッパ時代を迎えていません。フィリピンはスペイン時代が来て、次に、そのスペインを追い出したアメリカ時代を迎えました。
 第2次世界大戦では、日本時代を迎えました。このときもタイは日本の支配下に置かれませんでした。
 当時の日本には、大東亜共栄圏の構想があり、その中の防衛圏の南の限界がインドネシアまでだといち早く気付いたアメリカは東南アジア地域を研究する「南アジア研究所」をアメリカ国内に設立し、終戦直後に「東南アジア研究所」と名前を変えました。大戦が終わり、東南アジアでは各国で独立を果たしましたが、以前の宗主国がせめて来ました(第1次インドシナ戦争)。フィリピンはもう一度アメリカ時代を迎えました。このときに出来た国家の枠組みは、民族運動が起きたこともありますが、宗主国は何処なのかで決まりました。ベトナム、ラオス、カンボジアはフランスですが、ラオスは、ここで独立しなさいと決められたので、フランス領は3つの国になりました。フィリピンは、ホロ島を中心としたスールー王国が、スペインに対して強く抵抗したので、スペイン時代を迎えませんでしたが、その後、アメリカ時代に支配下に置かれ、フィリピンの国家の枠組みが出来ました。

 東南アジアの枠組みが出来たのは、気候風土や文化の違いがありますが、大東亜共栄圏の構想と、戦後のアメリカの対外戦略です。この中にフィリピンを入れるかどうか最後まで議論されましたが、結局、東南アジアの枠組みに入りました。

 日本で東南アジアと呼ばれるようになったのは、1960年代、地理の教科書に登場してからです。それまでは南方と呼んでいました。

 東南アジアはバルト3国よりも複雑な地域と言われています。
大雑把に東南アジアの歴史をたどってみると、強い力の持った国家に翻弄されている姿が見えてきました。

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

参考図書
「東南アジアの歴史」放送大学刊 桜井由躬雄著
「東南アジアを知る事典」平凡社刊 石井米雄他監修

2007.06.11

06年/ビレッジ訪問

マルベルからバンを借りて、小母さん3人、マルベルの近くでカトリックの学校の先生をしている女性、運転手、運転手助手の6人が、この日のお泊りです。

ドンボスコ(農業指導をしている所)に着いたところで、神父さんに電話。
「あと1時間くらいで行きます」。
初めの予定では、夜になり、はっきりした時間が分りませんが、晩御飯を食べさせてください、と伝えていたのですが、4時に到着。本当はジェンサンの近くのビラアン民族のコミュニティーにトラックで行くのでしたが、大雨の後で山道に車が入らず、ぬかるみを歩くこと2時間に挫折。チボリ民族の所に行くのも、トライシクルも入らず、バイクだって。私、バイクに乗ったこと無い。しかも、運転者の後ろだけでなく、前にも乗るとの話しに、挫折。
…という訳で、予定どうりに行かないのが個人旅行の常。
ツァーなら何も無く楽なんだって。
祐川神父さんは、「先住民族のところは何処もそうだ」と言い、
帰ってから支える会の人に言うと、「そうよ、奥さん」だって。
沢登りをした人に言うと、「その位誰でもすぐだ」と言う。
奥さんの最大の弱点は、気力・体力がついていきません。

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そんなんで、到着したイースタービレッジ・ミンダナオ。
門が閉まっていて、どうやって開けたらいいか分からないのですから。だから、大声で叫びました。
何て叫んだっけ?
わすれた!
中から神父さんとソーシャルワーカーのチェチェと、子ども達が何人か出てきて、開けて貰いました。
あら、簡単に開いたわ。
車を駐車場に移動して、中から荷物を出します。子ども達が手伝ってくれました。
ティナが車の影で見ています。
「ティナ」と声をかけたら、顔がぱっと明るくなり、寄ってきて、荷物運びを手伝ってくれました。

建物の中央に一番広い部屋、リビングがあり、向って右側は子ども達の部屋で、左側は事務所や神父さんとロロ中島の部屋があり、こちらの方は子ども達は入っていけない決まりがあります。でも、お客さんに興味があるようで、小さい子たちは外からのぞいています。
建物の前に在る渡り廊下のようなところで、手すりの内側と外側とでのやり取り…。
私が持っていった目覚まし時計は、おばQに出てくるOちゃん。スイッチを押すと、
「ジリリリーーーー、ばけらった、ばけらった、おきらった、ジリリリリーーーーー」と鳴ります。子ども達は、スイッチを押しては止め、止めては押し…。神父さんの、もうおしまいの一言で終わりました。
これ、結構うけてた。

私たちおばさん3人は、お土産の袋詰めをし、浴衣を着て出て行きました。

この日はスタッフが休みで、一番年上のウィナリンが料理担当です。ウィナリンの作った料理は美味しかった。
食事の後は、歓迎会。子ども達の踊りが始まります。
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2回目のビレッジ訪問。前回来た時にいた子達は個性がそのまま伸びているように感じました。落成式の後から入ってきた子もいますが、全体的に見て、心の開放が進んでいるようです。
それにしても、すごい!!
圧倒されました。

無芸大食の日本人のおばさんたち、行く前に何をしようかと考えて、これなら簡単だと思い、北海道教育委員会の肝いりで作った「子供盆踊り」を披露する事にしました。
歴史を調べ、札幌から一緒に行った方の御主人が町内会連合の会長をしていた関係で、町内会連合の人に盆踊りの曲をテープに録音してもらい、私の息子からカセットのスピーカーを借りて、気合を入れて踊ったのです。

Fil210
始めたとたん
…………… しらーーー ………
一気にしらけ鳥の生息地と化してしまいました。
完全な文化摩擦。
まっ、これも、してみなければ分りません。
それでもウイナリンが曲に合わせて即興で踊ったのには驚きました。

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上のまぶたを両側ともひっくり返して、見て、見てと言ってきます。カメラを向けると近づいてくのですから、ピントが合いません。

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それを見ていた子が、カメラの前でガッツポーズです。

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翌日の朝食もいつもどおり皆でいただきました。
この日、午前中にミサに子ども達と一緒に行き、教会ではすっかり子ども達に面倒を見てもらいました。神父さんは、別の2つの教会でミサです。
マルベル組は、この日に帰っていきました。
朝食では、お客さんだけに目玉焼きが出されていました。お客さんが来るとどうするかは神父さんは指示していないのですが、スタッフが自分で考えたのだそうです。その心遣いが嬉しくて…。目玉焼き一個に感動してしまいました。

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平日は、学校に行っている子たちは、登校です。
ビレッジには就学前の子ども達がいます。午前中は、近くの子も交えて、先生に来てもらい、幼稚園が始まります。幼稚園が終わったら、他の子達は親御さんが迎えに来ます。

ビレッジの幼稚園組の子達は、午後からは学校に行っている子が帰ってくるまでお留守番。

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お花をさして、かわいいネ。
おばさん達、子供と一緒に遊ぶのには体力がついていかないのですが、それでも交流はあります。

滞在中に、ビビがサイエンスの大会に学校代行で出場し、2位を獲得し、メダルをもらってきました。

ビレッジには、色々な種類の花が沢山咲いています。建物沿いの花壇に咲いている花は、午前中が一番綺麗です。
塀沿いの隣の公園との境目には、午前中は白く、午後から赤く変わる花があります。
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滞在中に、北海道から一人と、大学で看護学を教えている女性の先生が来ました。
到着の日は、9月生まれの子ども達の誕生会がありました。
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ケーキ、ソーセージ、焼きバナナ…おなか一杯食べました。

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ビレッジに行ってから、キダパワンのわが町探検をしようとか、色々計画を立てていたのですが、ビレッジは居心地が良くて、誘われると行きますが、自分からここから出て行こうとしないのですから。自分から出ようとしたのは、帰るときくらいです。これは予想外でした。今度行くときは何か、対策を立てなければ…。

帰る前日夜、送別会をしてくれました。
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この2年間で子ども達は成長しました。お庭に沢山の花が咲き、公園もできて、外側も内面も進化を遂げているのを感じました。これから益々ビレッジは成長していくのでしょう。

2007.06.10

北大祭

YOSAKOIと開催期間が毎年重なる北大祭。
YOSAKOIは、ミッキーマウスが出場する都市に一度だけ行きました。
ディズニーのキャラクターの出場だけ見て帰ってきました。

私は北大祭派。毎年行っています。
今年は子ども達二人を連れて行ってきました。
正門近くに、留学生たちが出している、世界各国のお店があります。インドネシアでは、ナシゴレンと揚げバナナを購入。昨年11月の文化ナイト以来何も参加できなくて、今月から復帰です。留学生、随分入れ替わったなと感じました。
フィリピンのお店では焼き鳥を買って食べ歩きです。お店にいたレイテ島出身の留学生にミンダナオの素晴らしさを語ってしまった。

メインストリート沿いに沢山のお店が出ていて、結局、端から端まで、北7条から北18条まで往復歩きましたわ。普段なら構内バスを利用します。

正門近くにある、生協の中央食堂1階に、セルフサービスのソフトクリームがありました。
これに子ども達は喜んだ。
以前、タニシ取りをした池に小さな魚が泳いでいました。子ども達は夢中になって魚取りをしています。プラスチックのコップで魚を取り、紙コップにあけて、えさはコケだからとコケがいっぱい付いている小石を3個とって、
もう、4時半過ぎたから帰ろうよ。
まだ遊んでいたい。
だって、晩御飯が…
分った。

子ども達はやっと納得し、帰りました。家で魚を飼うのに、もっと沢山のお水が必要です。空いた…と言うよりも、無理して飲んで空けたペットボトルに、帰り道途中にある公園の川で水汲みをして、帰りました。

今日一日遊んで、子ども達の成長を感じました。


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2007.06.08

滝つぼ/04年

山の中には子ども達が大好きな遊び場の一つ、バタサンと呼ばれている滝つぼがあります。
子ども達とスタッフと皆で、お弁当を持っていきました。
大きな道路の脇に、砂利を敷き詰めた駐車場があり、滝つぼに行く道の向い側に、サリサリストアーのような小さな売店があります。山道を歩いていくと、崖をそのまま利用して建てられた柱と屋根だけの建物に、テーブルとベンチが置いてあり、お弁当が食べられます。だからといって、食事を提供するお店はありません。
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ここから山道を歩くと、目的地の滝つぼに到着です。
反対側の崖に登り、平らになっているところから次々に飛び込みます。
滝つぼから上ってきては又上り、ドボン、ドボン!!
それを見ていた大人もドボン!
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子ども達が立っている場所から先は、川になっていて、大きな岩がゴロゴロしていて、流れも急なので、ここから先には行けません。

川の横に、温泉がありました。
お湯の温度はぬるめ。

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東南アジアの文化は、緑と太陽と水とで豊かに育まれてきたものなのだそうです。
そのような所で、子ども達も豊かに育まれています。

サギンエレメンタリースクール(04年)

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ビレッジの子ども達が通っているサギン・エレメンタリースクール。
落成式の翌日、支える会の人たちと小供たちと一緒に登校しました。学校に到着すると、生徒たちは庭の清掃をしていました。
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クラスごとに整列し、校庭の中央にある舞台の周りに並びます。トントンたち1年生のクラスです。
毎日、一日の始まりは朝礼から。月曜日は特に念入りにするそうです。愛国心を養う為に国旗掲揚、国歌斉唱もあります。映画館でも上映前に国歌が流れるとのこと。
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6年生の教室をちょっとのぞいてみました。ウィナリンのクラスです。
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下の写真の左後ろにウィナリンがいます。
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校舎の向こう側の敷地に、小さな野外劇場のようなところがあり、卒業式はここでするのだそうです。
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池に魚が泳いでいて、コンクリートで出来た壁のような物には、毎年トップで卒業したこの名前が書いてあります。

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ゴムの木が植えてあり、樹液を取って学校の収益にしているのだそうです。

2007.06.06

リンク集

イースタービレッジ
「イースタービレッジ・ミンダナオ」オフィシャルサイト

“超個人的”応援サイト
たっちゃんが管理しているサイト。

外国為替換算
このページは円からペソへ。それ以外の国のレートも分ります。クリック一つで計算できます。

高知大学気象情報頁http://weather.is.kochi-u.ac.jp/
日本上空、東南アジア上空の雲の動きが見られます。

フィリピン共和国

フィリピン関係者の中では超有名人のCaviteさんが管理するサイト。ミンダナオのこともとにかく詳しい。

05年イースタービレッジ紹介ビデオ

「easter_village_greeting05.wmv」をダウンロード

今の建物が完成しました。写真のスライドショーの後は、ビレッジを訪問した方たちが歌っている歌にあわせて、子ども達がとても楽しそうにリズムをとっています。

03年 ビデオ

「easterv.wmv」をダウンロード


今の建物が出来る直前の借家時代のビデオでないかと思われます。子ども達の自己紹介、奨学生の紹介、その他に日本での支援の様子もあります。

2007.06.05

07年/アウティング

毎年子ども達が楽しみにしているアウティング。
ちょうどゴールデンウィークにビレッジを訪問したのが、「超個人的…」のサイト管理者のたっちゃん。
たっちゃんのブログにアウティングの様子が載っていました。とても楽しかったようです。

今年はスポンサーの中島さんが日本に帰国していて参加できませんでしたが、それでも、やっぱり、楽しそうにしている様子が伝わってきます。

06年10月/月寒教会での報告会

宣教師ビザの更新が遅れ、届くのをひたすら待つ忍耐の時期を過ぎ、やっと1年ぶりに一時帰国になり、イースタービレッジを支える会の主催で報告会の開催が出来ました。
報告会では、ホームページで見れるようにしてあるDVDを見せてから話を始めたいと、祐川神父さんの希望なので、月寒教会の敷地内にある「働く人の家」からノート型パソコン、プロジェクター、スクリーンを借りてきました。ああ、それなのに、報告会の日は働く人の家は北海道外で行事があり、参加できないのです。しかも、カトリックの青年たちも全道大会がある!

なにせ、その日は3連休のド真ん中。行事や泊りがけの用事が入りやすいのです。当日はどのくらいの人が来るか予想が立ちません。さて、どんな一日になるでしょう?

ミサ
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月寒教会では、ヨセフ会、アンナ会有志、バザー委員会がイースタービレッジに関わっているのですが、今回初めて祐川神父さんの訪問が実現しました。説教は祐川神父さん。
1年ぶりの日本でのミサに、緊張気味の神父さん。フィリピンや日本の教会の事、ミンダナオの現実を交えての説教に、皆真剣に聞いていました。

報告会
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マルベルにある御受難会のシスターたちが作ったカードや十字架、CD、アンナ会有志の方たちが焼いたパウンドケーキの販売がありました。

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支える会代表の勝谷神父さんの挨拶、祐川神父さんからの挨拶の後は、イースタービレッジでは子ども達から「ロロ(おじいちゃん)中島」と呼ばれている中島義一さんのお話。
ビレッジのホームページでも見られるビデオ上映の後は、祐川神父さんの報告。10年前にフィリピンに渡ってから今までの事をフィリピンの現状や文化を交えながら語ってくださいました。
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報告会が終わり、ロビーで用意してある飲み物やお菓子をつまみながら、しばらくの歓談。

そのとき私は気が付いた。報告会で、神父さんの写真を撮るのを忘れていたのですから。
プロジェクターやスクリーンなどを片付けた聖堂で、残っている人たちに座ってもらい、写真を撮りました。↓
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多少のアクシデントがありながらも、体系だったお話を伺えて、報告会が出来て本当に良かった。

04年8月/落成式

前日の準備
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落成式前日の夜は、子ども達と皆で飾り付けの準備をしました。
長い風船は、端の方に空気を入れないで残しておかないと、形を作るときに割れてしまいます。あちこちでパンパンと割れる音が聞こえてきました。
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飾り付けようの風船作りが終わったら、アトラス飛ばしです。
落成式
新しい土地と建物を取得し、6月に引っ越して、8月8日(日)午後から落成式がありました。札幌の支える会から8人が参加し、DSWDの人、学校の先生、マニラから聾唖者のために活動をしている佐藤神父さん、地域の方たち、100人くらいの出席になりました。
テープカット
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キダパワン教区の神父さんの司式で落成式が始まりました。司会は中島さんの通訳をしているフェビさんと日本語司会は支える会の大田さん。全部の部屋の祝別をしました。イースタービレッジが開設して2年。この2年間の歩みが凝縮されたような素晴らしい落成式でした。
男女がいて、年齢は1歳から70歳代まで。仕事や活動はそれぞれ、信仰はカトリック、プロテスタント、イスラム。そして、大自然が残されているミンダナオ。共生の時代だと感じました。
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子ども達が歌を披露しました。
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餅まきならぬ飴まき。
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落成式の後はパーティー。
レチョン、ケーキ、スパゲティー、ジュース・・・
沢山のお料理におなか一杯。
楽しくて、心も一杯
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あたりが暗くなり、周りが見えなくなるまで、大人も子どもも、踊ったり、遊んだりしました。

2007.06.04

新ブログ開設

どういう形でしようかと色々考えて、ココログのベーシックからプラスにプラン変更をし、ブログを一個開設しました。「イースタービレッジ・ミンダナオ」に関わっている人たちの交流と情報交換の場になればと考えました。ビレッジを訪問した人、日本で関わっている人や団体。様々な関わり方を紹介できればいいな。

ブログ名は「ここは僕らのふるさと
♪イースタービレッジ、ここは僕らのふるさとぉ~…
子ども達が歌っているこの歌のフレーズが好きなのです。

ブログにしたのは管理が楽だから。プラン変更のために、ココログの機能を改めて読んでみると、携帯で閲覧が出来るのですから。「ひかりのティールーム」もです。アップロード可能なファイルは画像ファイルだけだと思っていたのですが、音声ファイル、PDFファイル、動画ファイルもアップロードできます。
「このページを常にトップにする」が出来るので、表紙のようにしました。後の記事は新しい順です。ブログは進化しています。色々試してみようかな。


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民族音楽クリンタン

フィリピンの民族音楽クリンタン。クリンタンは音楽と踊りが一体となったものです。スペイン時代以前から有りましたが、スペインがキリスト教化を進めていく過程の中で、土着の音楽や踊りを根絶しようとしました。そこを守り抜いたのが、ルソン島の山地民族と、ミンダナオのイスラム系民族です。今でもミンダナオのイスラム系民族のクリンタンには、音楽形態、表現方法、衣装にイスラムに対しての偏見が入って、スペインからの抑圧の跡なのだそうです。クリンタンはスペイン時代を生きぬいた文化の代表格。ですから、私はクリンタンはミンダナオの宝だと考えているのです。
そのクリンタンは国立民族学博物館のホームページから聞けます。

山地民族で宗教がカトリックの民族(ジェンサンの近くのビラアン民族)にもクリンタンがありました。イスラムの民族から最近伝わったもののようです。最近といっても10年20年前というものではありません。

1900年代の後半に、ミンダナオの人たちがアメリカに移住し、カリフォルニアを中心に音楽活動をして、高く評価されたのが、世界がクリンタンを知るきっかけになりました。

ディアス村のクリンタン
06年9月にミンダナオに行ったときに、イスラム系民族とビラアン民族のクリンタンを聞きました。イスラム系民族はジェネラルサントスの近くにある、トゥヤンバランガイのディアス村と、丁度ポロモロックで山地民族のビラアン民族のお祭りをしていましたので、2つのクリンタンを聞けました。みんぱくで聞けるのと、ディアス村と、ビラアン民族の音楽は、3つとも違います。
フィリピンの文化は、カトリック文化圏、イスラム文化圏、山地民族文化圏の3つがあります。
ディアス村には、マギンダナオ、スールー、サギン等複数の民族が住んでいます。村に到着したときは、音楽で出迎えてくださいました。旋律を担当するゴング、低音の大きなゴング。リズムを刻む打楽器は、バチは竹を細長く裂いたもので、太鼓の代わりはゴムで出来たようなバケツを横にしたものでした。なんでも楽器になるのです。
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音楽はとても早くて、目で追っていくのがやっとで、規則性などは分りませんでした。クリンタンを聞きたいと願い準備を始めてから1年半。素晴らしい民族音楽が聴けて感動しました。
昼食後に村の集会場に楽器を運んで、踊りを見せてくださいました。それぞれの民族の踊りです。
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ビラアン民族のクリンタン
 ジェネラルサントスの近くのポロモロックのバスターミナル近くの広場で、ビラアン民族のお祭りがありましたので、行ってきました。直前に日程の変更になった為に、メインイベントが見れるはずだったのですが、見れませんでした。沢山の高床式の小屋を建ててそれぞれでは、いろいろな物が売っていました。織物の説明をしているところにゴングがあり、その場にいた人たちが民族衣装に着替えて、演奏と踊りを披露してくださいました。
私がゴングだと言って喜んでいたら、ビラアンの人が「クリンタン」と言い直していました。
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Aの音を中心に隣の音3つで演奏⇒イ、ロ、ハの音を短く演奏⇒Bの音を中心に隣の音3つで演奏⇒全体の音を使って短く演奏⇒始めに戻る。
この繰り返しなので、単純なのですが、それがとても素晴らしいのです。

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弦が2本の弦楽器です。演奏している最中に弦が1本切れました。

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大きいゴング。低音を担当します。

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打楽器。ワニの形をしています。織物の模様にもワニがあります。昔ここら辺にワニが住んでいたそうです。上から棒でつつくようにしてリズムを刻みます。

 ミンダナオにあったゴングは、中央に突起が付いていて、ここを叩いて音を出します。ゴングは大別して2種類あり、この突起の付いている物と、付いていない物です。この2種類のゴングを使って演奏している所は、ベトナム、ラオス、カンボジアの山の方にいる民族だそうです。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆
参考ホームページ&図書
「国立民族学博物館」HP
月刊「みんぱく」2006.10

2007.06.02

イースタービレッジ・ミンダナオニュース5月

イースタービレッジのデェレクターをしている祐川神父さんから、ニュースが届きました。
最近はスタッフの交代があり、ソーシャルワーカーを一人増やし、男の子担当、女の子担当のフタッフもソーシャルワーカーのお勉強をしてきた人にしてと、よりいっそう質の高いケアが出来るようになりそうです。

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イースタービレッジのイースター(復活祭) 
今年はイースターが四月八日。毎年イースタービレッジのフィエスタ(お祭り)です。近所の子どもたちも参加して楽しい一日を過ごしました。イースターエッグ探しやゲーム、コンテストなど盛りだくさんの内容でした。
また、この日、ベルナとエリサがイースタービレッジの野外聖堂で洗礼を受けました。午後はみんなで教会関係者も来て、楽しいパーティーとなりました。
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多目的ホール建設開始
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 四月十日、地元のボボイ神父に来ていただき、工事の安全をみんなで祈りました。(写真4)九月ごろには完成の予定です。このホールができると、現在ある建物がすべての部屋を養護施設のために使えるようになり、また、多目的ホールの二階には客室もありますので、今まで来られた方々には窮屈な思いをさせておりましたが、ゆったりと休むこともできます。また、一回は広いスペースで幼稚園の子どもたちが学んだり、子ども図書館的なことも考えております。

念願の新車購入
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 念願の新車を購入しました。トヨタハイエースです。大人で十五人乗りです。今まで故障続きの車で苦労しておりましたが、これで「壊れない」「安心な」車が一台あると、精神的にずいぶん安心できます。いざという時に動かない車で苦労してきただけに、皆様に深く感謝申し上げます。

待ちに待ったOuting
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 毎年、スポンサーになってくださっていた中島さんが日本で足の治療のため不在の中、今年も無事に二泊三日でダバオへの修学旅行を行いました。新装されたダバオワニ園に行き、いろいろな動物を見学、その後、Mergrandeというプールのある地元のリゾートへ。そこでお弁当を食べ、プールで思う存分遊びました。次の日の日曜日は、朝ミサの後、また一日プールで真っ黒になりました。このOuting はビデオにしております。DVDでご覧になりたい方は、お知らせくださいませ。約十分です。

新しい遊具
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 主に、Do little(ドリトル)の会の方々が中心に、ビラアン族のお母さん方の作った刺繍を加工販売してくださっている売り上げ金の一部で子どもたちの遊具ができました。(写真8)この後、みんなでまたペンキを塗り、楽しい遊具にする予定です。子どもたちは大喜びで毎日遊んでいます。ありがとうございました。

夏休みの子どもたち
 去年に引き続き、五月に入ってから三週間、全員がそれぞれの受け入れ家庭で夏休みを過ごしました。親戚の家に行った子ども、里親のところで過ごした子どもたち。それぞれの家庭の雰囲気を味わって帰ってきました。職員はその間、研修会に参加したり、子どもたちの帰省に備えました。六月からはまた新学期が始まります。六月中にはイースタービレッジだより第17号をお届けできると思います。

2007.06.01

ブログ管理者ひかりの自己紹介

生まれてから半世紀の時が流れました。

半世紀をふりかえり結婚は女の分かれ道だと感じております。

家族という財産を持つことが出来たからです。

家族がお互いの人生に付き合い、

困難な出来事を乗り越え、

日々の小さな幸せを喜び、

たまには対立をしたり…。

日本基督教団のアジア国際交流委員会にいました。

30代の人たちの集まりに小母さんが入りました。(チョット間違ったかもしれない)

0211月に祐川神父さんと出会いました。

イースタービレッジ・ミンダナオの話を伺い、手伝いたいなと思いました。

私には何が出来るか?

以前、会の運営の手伝いをしていた経験から、札幌に住んでいて、支援体制を作ろうと考えました。

この時に、アジア国際交流委員会もイースタービレッジと関わるようになりました。

033月、チャリティーコンサート開催。

一区切りついたと感じ、委員会をやめて発足したばかりの「イースタービレッジ・ミンダナオを支える会」に入り、多少のお手伝いをしました。

お手伝いをしながら、関わっている方たち同士の情報交換の必要性を感じ、076月ブログ「ここは僕らのふるさと」を開設と同時に「支える会」を退会。ミンダナオに行くたびに相手理解が一番だと感じ、フィリピンの勉強を始める事にしました。

イースタービレッジのお手伝いをしたいと考えましたが、受ける事が多く、お手伝いをしている実感が有りません。協力って、こういうものなのかもしれませんね。

ビレッジに行くと、幸せをもらって帰ってきます。

ですから、行くたびに幸せになります。

ビレッジ便りの創刊号から読み返してみました。

開設当初の「子ども達と訪問者の復活の村」のビジョンが現実のものになっているのを感じます。

私は成長の過程を見るのが好きです。

ビレッジの、子ども達の成長を多少なりとも触れられるのが喜びです。

子ども達の心の開放が年々進んでいくのを感じると、

「私も仲間に入れて!」と思います。

子ども達と一緒に成長していきたいと思います。

フィリピン青年から見た先住民族

ビレッジにマノボ民族の兄弟がいて、スタッフがM’lang地区に住んでいるビラアン民族の女性たちに刺繍の指導をして、出来上がった刺繍を日本の団体に送り、製品化し販売をする活動をしています。以前は奨学生の中にマンダヤ民族の女の子がいました。

ミンダナオの先住民族は素晴らしい文化を持っているのですが、沢山の問題を抱えています。とにかく貧しい。関わっている方の話をチョット聞いただけでも驚きます。「ビラーンの医療と自立を支える会(HANDS」のサイトに興味深い記事がありましたので紹介します。「フィリピン青年から見たプラクール」を御覧になってみてください。考えさせられます。

03年3月/チャリティーコンサート

 02年8月にキダパワンの民家を借りて、イースタービレッジが開設され、9月に正式発足をしました。借家住まいの為に手狭になってきたので、新しい土地と建物を取得する為の資金を集め、ビレッジを広めていく為に、チャリチィーコンサートを開催する事になりました。主催は、日本基督教団北海教区・アジア国際交流委員会が母体となり、イースタービレッジ・ミンダナオ支援チャリチィーコンサート実行委員会です。ミンダナオはモロ族(イスラム教)、多少の山岳地帯に追いやられた少数民族、ルソン島やビサヤから移住してきたキリスト教徒が共生する地です。分離独立を目指すモロ解放戦線やモロ民族解放戦線と政府軍の争いで多くの血が流されてきました。現在も多少の衝突を繰り返しながらも和解と対話が進められています。平和への願いを表すのにどうすればいいか?札幌子どもミュージカルは、オリジナル作品を上演して、内容は、住民と悪党、アイヌ民族と倭人、いじめられっ子といじめっ子…。対立から和解へと向っていく過程を描いたものが多いので、そのような作品に取り組んでいる子ども達に歌って漏れえるのなら、平和への願いが表せるのでないかと考え、出演を依頼したところ、引き受けてくださいました。会場は、交通の便がいい日本基督教団北光教会です。 Ev0001_2  ポスター、ちらし、チケットを作り、説明をしながらの販売。皆さん、寄付でチケットを買ってくださるのですが、当日どれだけの人が来るか…。バクチを打っている様な気分になりました。 Ev0002_3 開場してみると、沢山の方たちが来てくださり、礼拝堂は立ち席が出たくらいです。第1部は祐川神父さんからの報告、第2部は札幌子どもミュージカルによる賛美歌コンサート。内容はとても素晴らしいものになり、寄付金も沢山集まり、大成功のうちに終わりました。 Ev0003_2 終わってから会場近くで打ち上げです。飲みねぇ、食いねぇ、しゃべりねぇの、楽しい時間は早いねぇ。翌日は、会計を締めて報告書を作成。いかに沢山の人たちが協力をして下さったかを感じ、感動しました。

支援のお願い

フィリピン南部にあるイースタービレッジ・ミンダナオは善意ある日本の皆様に支えられています。貧困と紛争の犠牲者となっている声なき子どもたちを私たちが支え、そして彼ら自身が自立し、貧困と紛争の原因を取り除く平和の使者となるようにできるだけの援助をしたいと考えています。与える以上に受けるものの方が本当はもっと多いのです。援助をくださる方は下記事務局にご連絡くださいませ。ご寄付くださった方々には「イースタービレッジだより」を送らせていただきます。


「イースタービレッジ・ミンダナオを支える会」 (支援者募集)

代 表   勝谷 太治   
060-0031
 

札幌市中央区北1

条東6丁目10 カトリック札幌司教館内
 「イースタービレッジ・ミンダナオを支える会」事務局
 011-241-2785 Fax 011-221-3668

支援金 : 年間一口 \5,000 (一口以上)  一般寄付

郵便振替口座番号: 02760339473

口座名称:イースタービレッジ・ミンダナオを支える会

EASTER  BILLAGEのホームページから)

イースタービレッジ・ミンダナオとは

イースタービレッジは、200288日、フィリピン・ミンダナオ島の中央部に位置するキダパワンという小さな町で始められた小さな児童養護施設です。ここには主にリージョン12に地域(コタバト、サランガニ、マギンダナオ、スルタンクダラット州など)から紛争や貧困などで両親、あるいは片親を亡くした子どもたち、あるいは様々な理由で虐待を受けたり、両親と共に暮らすことのできない子どもたちがスタッフと共に暮らしています。 イースターとは復活祭の意味ですから、ここイースタービレッジで文字通り、悲惨な状況から復活していく時と場になっていくよう、スタッフ始め、全員が努力しています。家庭生活を離れることを余儀なくされた子どもたちに、なるべく家庭的な雰囲気で、勉強や遊び、具体的な生活を通して、社会に胸を張って出て行ってもらいたい、それがわたしたちの願いですし、夢なのです。

栃木県にあるイースタービレッジ児童養護施設(理事長・谷大二司教)の名前をそのままお借りしました。札幌教区司祭の祐川郁生神父が、カトリック・キダパワン教区の協力のもと、開設された施設です。理事会のメンバーもすべてカトリックの司祭と司教です。資金的には主に、札幌を中心とする「イースタービレッジ・ミンダナオを支える会」(代表・勝谷太治神父)や全国の支援者に支えられて運営されています。

2007年現在、お蔭様で多くの善意ある方々のご支援で年間の運営費はまかなえております。今後は施設運営やサービス内容の充実とともに、1.畑の購入し、将来はその収穫で運営費をまかなえること。2.地域との交流などを通し「施設の子ども」というレッテルを脱却し、立派な社会人として育てていく一つの交流の場所(多目的ホール)の建設のご協力をお願いしております。


イースタービレッジ・ミンダナオにご協力くださる方々には年に四回発行される「イースタービレッジだより」を送らせていただきます。イースタービレッジの子どもたちの様子が手に取るように良く分かります。

また、イースタービレッジでは少人数ながら、奨学生制度も設けております。子どもたちが十八歳になったとき(中には学校が遅れているために、十八歳でも小学生の場合がありえます)、勉強を続けられるように願っております。
定員は24名の小さな施設ですが、「イースタービレッジ、ここは僕らのふるさと」と歌うように、子どもたちとの大事な出会いをもっともすばらしいものにするように努力しています。将来は胸を張ってイースタービレッジ出身だといえるように送り出したいと思いますし、懐かしい戻るべき場所になればと願っております。

EASTER  BILLAGE のホームページから)

ケイタイでの閲覧方法

携帯での閲覧が出来ます。このブログのアドレスにアクセスすると、携帯用のアドレスにジャンプします。次回から閲覧するときのために、このアドレスをお気に入りに入れておいて下さい。すべての機種で見られるわけではありませんので、使える機種は下記の通りです。

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A5000/C5000/A3000/C3000/A1400/A1300/A1100シリーズ
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SoftBank
C4
型 P4型(HTML
W
型/3GC(XHTML Basic/XHTML-MP)

WILLCOM
CIITMI.
対応機種(AIR EDGE シリーズ)

niftyのホームページより抜粋)

ここは僕らのふるさと

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フィリピン・ミンダナオ島にある養護施設「イースタービレッジ・ミンダナオ」

札幌司教区司祭でもある祐川神父がデェレクターをしています。

ここには20人ほどの子ども達が元気に学校に行き、10名のスタッフと共に暮らし、質の高いケアをしています

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