2022年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2007年11月

2007.11.29

アバカ精製機-ハゴタン-

昨年、ミンダナオに行き、ビラアン民族の織物を見ました。
素材はアバカ。別名マニラ麻。
糸を取る為のアバカの精製機が載っているブログを見つけました。
今でも実際に使われているものだそうです。
ミンダナオ最大の都市ダバオ市は、20世紀はじめに日本人によるアバカ栽培農園経営で発展しました。当時は2万人の日本人が住んでいて、東南アジア最大の日本人街がありました。
次回のミンダナオ旅行では、前回行けなかったビラアン民族の集落に行ってこようと思うので、今はどのようにして糸を取っているのかを知るのが楽しみです。

人気ブログランキング登録中 !! ←ここをクリックして1票をいれてね

オーストロネシア語族とオセアニア大航路

オーストロネシア語族の分布は、西はアフリカ東のマダガスカル島から、東はイースター島、ハワイ諸島、北は台湾までの広い範囲です。
中国揚子江から台湾に渡り、台湾からフィリピンに渡り、フィリピンから世界に広がっていきました。
なぜこんなに広い範囲かと言うと、カヌーでの海の航路が出来ていたからです。
今まで調べた事を「ここは僕らのふるさと」にアップしました。
色々調べていくのって、ホント、面白い。
これだから、文化が大好きです。


人気ブログランキング登録中 !! ←ここをクリックして1票をいれてね

2007.11.24

オーストロネシア語族とオセアニア大航路

フィリピン諸語はオーストロネシア語族。西はマダガスカル島から東はイースター島やハワイ諸島、北は台湾高砂族諸語、南はニュージーランドのマリオ語まで、世界一広い分布の言語です。オーストラリアの原住民諸語と、ニューギニアとその周辺の島々のパプア諸語は含まれません。

オーストロネシア諸語の先祖は、オーストロネシア祖語から発達しました。

紀元前4,0003,000年、中国揚子江流域から台湾に渡ったと考えられています。その後、台湾で広がり紀元前2,500年~1,500年位にフィリピンに渡りました。この時にフィリピンにネグリートと呼ばれている人々が住んでいましたが、言語はオーストロネシア語に同化され、今ではその区別をつけるのが非常に困難です。そして、フィリピンからインドネシア、マレー半島、東南アジア大陸部、東はイースター島、ハワイ諸島にまで広がっていきました(紀元後1,200年ころまで)。ボルネオやインドネシアからマダガスカルまでは、経路がまだ判明されていませんが、アフリカ東部に立ち寄った痕跡が残されています。

オーストロネシア語を話す人々が移動し、定住して、その地域の言語の影響に伴う変化を重ね、文化交流、環境の違いが言語ごと、地域ごとに新しい特徴が出てきました。

16世紀に始まる植民地時代には、英語、フランス語、ポルトガル語、スペイン語、日本語等、旧宗主国の言語の影響を受けるようになりました。

なぜこのようにオーストロネシア語が広がっていったのでしょうか。

それは、カヌーでの海の道が出来たからです。オセアニア大航路と呼んでいます。オセアニア大航路は、オーストロネシア語の分布にニューギニアとニュージーランドを合わせた広い範囲です。

大航海時代を迎えるはるか昔、今から2500年位前から、人々はカヌーに家畜や植物の種や物を乗せて、東南アジアから西はマダガスカル島、東はイースター島やハワイ諸島までの大航海をしていました。行った先で物々交換をし、時には嫁さんを連れて帰ったり、定住したり、もっと先に行ったりしていました。

オセアニアの豚はフィリピンから運ばれてきたというのが定説でしたが、最近のDNAでの研究により、インドネシアからだと判明しました。

植物の主要な経路は、西(東南アジア)から東(ハワイ諸島やイースター島)であるとわかりました。ハワイ諸島やイースター島くらいまで行くと、その種類は10種類未満と少なくなっています。地理的に孤立しているのと、育たなかったのが原因だと思われます。

200610月に開催されてた祐川神父さんの報告会に参加していた台湾の人が、神父さんに、そのフィリピンの言葉は台湾と同じだと言っていたそうです。それがなぜか分りました。

参考資料:

「海のアジア」2 モンスーン文化圏

 尾本恵市他編 岩波書店刊 2000

「言語学大辞典」第1

 亀井孝他編 三省堂刊 1988

「オセアニア 海の人類大移動」

 国立民族学博物館編 昭和堂刊 2007

「みんぱくe-news 77号」

 国立民族学博物館ホームページ編集事務局編 

2007.11.19

しもばしら

Img_0279

今年一番の寒さになった今日。
正午ころ、お庭のしもばしらが溶けていませんでした。
3時過ぎても残っていました。

人気ブログランキング登録中 !! ←ここをクリックして1票をいれてね

2007.11.14

情緒が消えていく…

札幌医大病院2階に売店がありましたが、コンビニに変わりました。
お惣菜やさんと化粧品コーナーが無くなり、大好きなパン屋さんのパンも無くなり、当然お店の人も変わりました。お惣菜やさんのおかずは美味しかったんだって。病院の食事が味気ないと感じている患者さんには重宝していたようです。
たぶん、きっと、午後4時からのお弁当の値下げは無いでしょうね。
レジで会計をしているときのお店の人との会話がなくなりました。
マニュアルってつまらないね。

ケーブルテレビのヒストリーチャンネルで、昭和30年~40年代の映画ニュースが放映されています。以前は映画本編の前に必ずニュースがあり、結構楽しみにしていました。
この時代が懐かしいなと思いながら見ています。
廃止寸前の都電。最後に街中を走る都電が映された時のナレーションは「倒産もせず、火の車が走る」。
今の天皇御成婚前、御結婚が決まってから美智子様は挨拶回りに行きます。自宅の前には一目見ようと沢山の人、人、人。
群衆が帰った後、残された物は、脱げた片方の靴。
それを拾っている警察官。
「ガラスの靴ならぬ、運動靴の忘れ物」のナレーション。

最近のニュースでは、このようなコメントは聞いてないな。
時々昔が懐かしくなります。


人気ブログランキング登録中 !! ←ここをクリックして1票をいれてね

2007.11.12

子供の成長は嬉しい

土曜日に小学校ではPTAのバザーとお祭りがありましたので、代休のために上の子はお休みです。今、2ヶ月早いインフルエンザの流行とおなかを悪くする風邪が流行っていて、娘一家全員と我が家全員が風邪にかかってしまいました。
私が一番軽いかな??

 娘が、娘の子供の発達障害のほうの病院に行ってきました。私は子供たちと家で留守番です。
学校での行動について相談です。
女の子と担任に抱きつく。
男の子をドンと押し倒して泣かす。
隣の席の女の子の布製のカバンをなめ回す。
これらの行動は自閉症の幼児の行動だそうです。
やっぱり、アスペルガー(知的遅れの無い自閉症)があるのかな??
担任に親から言うと、甘やかしていると思われるので、担当医が担任に直接話をしてくださるそうです。その前に一度子供に会って様子を見たいとのことで、15日に子供と一緒に病院に行く予約を入れました。
担当医が、娘の顔が穏やかになったと言っていたそうです。

この一年は大変だった。
ちょうど一年ほど前に、子供が発達障害だと分り、通院と教育相談センターに行き始めて、これからはもっと子供の対応が大変になり、娘自身の病院に行くのがまた遅くなるので、前の病院の先生に紹介状を書いてもらい大学病院に転院。外来での検査結果、即入院。CIDPだと分り、担当医からの説明を聞いていた娘は「癌の方がよかった」と言った。41日入院し退院。しばらく実家にいて出来るだけ生活しやすいようにしていった。入院中にリハビリー科の先生は担当医と掛け合ってくださり、障害者手帳の申請の書類を書いてくださった。上肢・下肢合わせて2級に認定。家に帰ってからは子供の対応に追われる毎日。
自閉症のお子さんがいて、発達障害に詳しく、臨床心理士の資格を取る為に大学院に行っている女性と出会い、時々家に来てもらって相談を始めた。昨年から学校にスクールカウンセラーが入っていると教えてもらい、スクールカウンセラーと面談開始。家庭での対応は限界だと分り、教育支援をするかどうかを検討。担任とスクールカウンセラーが「ここまでしている親は始めて見た」と言うくらいの対応をしていたことが分った。

娘の成長は親として喜びです。


人気ブログランキング登録中 !! ←ここをクリックして1票をいれてね

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »