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2009年11月

2009.11.26

ウブドゥのガムラン

ウブドゥのガムランの動画を見つけました。

ウブドゥでは夜になると毎日、ガムラン、ジェゴグ、ケチャなどがみられます。

2009.11.21

絵本ワールド2009

Dsc01217 毎年開催されている「絵本ワールド」。数年ぶり2度目の参加をしました。こういう企画って、わたし一人では行く勇気がないので、子どもをだしにしました。

朝起きたら雪景色。とうとう冬がやってきました。たぶん、根雪にはならないでしょう。

朝一番に行って、30分並び、ノンタンと記念撮影で す。乳母は張り切っているのですが、子どもはいまいち乗らなかったように見えたのですが、家に帰ってからノンタンと2人での絵を描いていたので、印象が強かったようです。塗り絵は「ウルトラマンゼロ」しかなくて、女の子には向かないね。絵本の読み聞かせもいまいち乗らず、うちの子どもが一番楽しそうだった遊びは、ひたすら階段を上り下りして、あっち行ったり、こっち行ったり。ぐるっと回って帰ってきたり。

Dsc01241以前参加したときとは企画が全然違うのです。以前参加したときは、小学校の開放図書やボランティア活動をしているお母さんたちが総出していて、こまやヨーヨーなど、遊べるコーナーもあったのです。

お昼ごはんは勿論、肉まんとデザートはアイスクリーム。ここの肉まんは相変わらず美味しいね。お昼近くになると店の前は長蛇の列。

ファクトリーにクリスマスツリーが飾られる時期になると、毎年のように行って、肉まんとアイスクリームを食べて帰ってきます。

2009.11.19

神父燦燦

11月1日付「カトリック新聞」の「司祭年」インタビューに、祐川神父様の記事が掲載されました。新聞記事をクリックすると、大きくなります。

Cimg2569_2

    夢は「日本宣教会」

 私が1歳の時、管理人の仕事も兼ねて家族で元町教会(北海道・函館市)の敷地内に引っ越しました。結核の父を心配して声を掛けてもらったのだと思います。鍵かけ、鐘ならしなどの仕事をしていて、18歳までそこに住んでいました。

 5人きょうだいの下から二番目。木登りが好きで、司祭館前のねむの木に登っては、神父様方と話したりしていました。フランスのお菓子をもらったり、珍しい物を見せてもらったり。教会は複雑な形をしているので、皆でかくれんぼや缶けり遊び、野球、と「遊び場」でしたね。

 待者がいないと、すぐ呼ばれて、していました。教会の高い屋根に上って怒られていたことも多々ありました。常に誰かが家に出入りしていて、いろいろな人生模様を見ることもできたと思います。周囲に「教会の子ども」と思われ、自分はなぜキリスト教か、なぜカトリックなのか、子どものころから考えていました。

 でも、自分が司祭になれるとは思わなかったですね。知っている司祭はみんなフランス人だったから。

 大学時代、埼玉で漠然と英語の教師を目指していましたが、そのころ、アポストラートス(神学生の司牧実習)で草加教会(埼玉)に来ていた今の谷(大二)司教、塩田(恵)神父に出会いました。バザーで一緒にチンドン屋さんをやったりして、とにかくハチャメチャな人たちだったから、教会に行くのが楽しみになって。

 主任の野上(貢)神父は、私のアパートに革ジャンを着て登場。最初、新聞の勧誘と思って取り合わずにいたら神父と知り、びっくりでした。頼まれて、私が通っていた大学のカトリック研究グループに名前だけ貸しました。次の主任の猪俣(一省)神父(いずれもさいたま教区)には、一緒に飲んだりしながら、当時関心のあった教義のことなどを尋ねていました。弱さがあっても司祭だったり、司祭を目指していたり。そうした姿に引かれ、召命を考えるようになりました。

 叙階後、しばらく暮らしたフィリピンで人々のために何かできないかと思っていて、ミンダナオ島キダパワンに児童養護施設「イースタービレッジ」が出来ました。福支局を通して来る子どもたちは暗い顔をしていますが、地獄に行ったら天国だった、と思わせるような施設にしたい。二十数人の子どもたちと一緒に暮らし、泣き、笑い、歌い踊り、心触れ合ううれしさは表現できません。

 いつか、日本宣教会を作るのが夢です。日本に来たパリミッションも、余っていた中から人を派遣したのではありません。国内の宣教のためにも、外との交流などが活力を与えるヒントになると思っています。

  ===「神父燦燦」が本に===

カトリック新聞に連載されていた神父さんに、「人」に掲載された神父さんを合わせて、2010年9月に出版になりました。

『カトリック司祭58人に聴く 神父燦燦』カトリック新聞社編
A5判並製208頁
定価1260円(税込)
ISBN978-4-902211-65-8

発行元
教友社
275-0017  千葉県習志野市藤崎6-15-14
TEL 047・403・4818
FAX 047・403・4819
URL http://www.kyoyusha.com 

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2009.11.14

ストレッチとリラクゼーションのCD製作準備

全国CIDPサポートグループ北海道支部は「さぽーとほっと基金」に団体登録をしています。ここは、企業と市民団体の出会いを提供している所で、登録団体の紹介や市民や企業から集まったお金で事業に対しての助成金を出しています。今年度の後期分として団体指定で助成金を出してくださる企業が現れました。検討した結果、ストレッチが入っている音楽療法のCDを製作することになりました。

今日は、大学の准教授で音楽療法士の先生と心地よい旋律とストレッチを探す日でした。近所の方から頂いたストレッチの図からどれがいいかを決めました。膝を抱えて背中やお尻の筋肉を伸ばすときは不協和音を使うといい感じになるんですから!不協和音を上手に使うといい感じになるんですね。意外でした。

ストレッチの後はリラクゼーションです。寝る前に布団の上でストレッチをして最後は寝たまま全身を伸ばします。そのままリラクゼーションの曲に入り、おやすみなさい。・・・そんなイメージです。

曲の元を決めました。実際はどんな曲になるかは、録音当日のお楽しみ。

私は、先に音楽を録音して、それを聞きながら声の誘導を録音した方がいいのではないかと思ったのですが、そうすると、曲中心になってしまうのだそうです。あくまでも主体は患者なので、録音する時は、誰かがストレッチをして、その動きに合わせて演奏し声の誘導をするのだそうです。だから、曲はその人の動きに合わせますので、即興になるそうです。だから、曲と声の誘導は一度に録音になります。

とても良いCDができそうです。

2009.11.11

クリンタンのCD

クリンタンは音楽と踊りとが一体となったもので、生活密着型です。

以前はフィリピン諸島全土にありましたが、スペインがキリスト教化を徹底的に進めていく過程の中で、スペインやメキシコ起源の音楽・舞踏を奨励し、土着の音楽と踊りを根絶しようとした為、強く抵抗したミンダナオのイスラムの民族とルソン島の山岳民族だけが残りました。当時のスペインは、カトリックを受け入れないのはスペインを受け入れないのと同じだと認識していた為です。

Cimg2571 そのクリンタンのCDが国立民族学博物館で購入できます。

演奏は「ミンダナオ クリンタン アンサンブル」。

このクループは、カリフォルニアで結成されました。ミンダナオ島出身のフィリピン系アメリカ人を中心としたグループです。1960年代にミンダナオ島からアメリカに移住した音楽家により紹介され、高い評価を受けました。

私、こういう音楽、好きです。

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2009.11.08

グーテンベルクの活版印刷

7日・8日の2日間、放送大学で面接授業があり、受講しました。グーテンベルグの活版印刷です。

1世紀前後はパピルスのざらざらした紙に、葦の茎を削って作ったペンで書いていました。書きずらくて、裏が書けなくて、もろくて綴じずらいので、パピルスを長くつないで巻いていました。

4世紀になると、パピルスが輸入しずらくなったために羊皮紙になりました。つるつるしていて書きやすくて、羽ペンが出てきましたので、綺麗な字が書けるようになりました。裏にも書けるようになり、端が綴じられる様になりました。印刷本のイメージが出来上がりました。

14世紀に、紙の生産が始まります。写本用でした。もっと紙を使うにはどうしたらいいのかしら?そこで、グーテンベルグは印刷を発明しました。売れ筋の本を印刷していました。

グーテンベルグの聖書は、2冊組で、今は一億円するんだって。これを写真にとって複製にしたのが、2冊で50万円もするんだって。今からみても最高傑作。字だけを印刷して、挿絵は購入した人が職人に描かせました。

写本の字と、活字とは多少違いがあるので、それが分るようにと・・・・

Cimg2570_4 1日目は、写本を見ながら、ラテン語の聖書を、先が平らで6ミリのブロードペンを使って書く・・・書く・・・書く・・・ひたすら書く。

その後は、グーテンベルグの印刷の聖書(左の写真)を見ながら、書く・・・書く・・・書く・・・ひたすら書く・・・。聖書を見ながらといっても、複製をコピーした物ですよ。

あぁ~~、肩こった。1日目の感想は、「専門って、マニアックだな。」です。

そして迎えた2日目。やっぱり書く。今度は、人文主義者が書いた字を活字にすると・・・です。グーテンベルグの印刷の字は、縦線ばかりが並んでいるいる感じがして見ずらかったのですが、m,n,iの字の縦線下の止めが、iが多少違っているのに気付いてお終いになりました。

時代による字の移り変わりや書く字と活字のちょっとした違いなど、こういうのって、結構面白いと思いました。

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