2022年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

2010年3月

2010.03.29

Whay back into love

「ここは僕らのふるさと」に動画を貼り付けました。
イースタービレッジのビビが歌っています。
今回はデェレクターの歌声もあります。
「お勧めホームページ」の中にある、「ここは僕らのふるさと」からお入りください。

人気ブログランキングへ

2010.03.25

インドネシアのファーストフード店

すかせかりインドネシア」に、ファーストフード店の記事をアップ。
日本とはずいぶん違い、お国柄が出ている。
コーヒーを注文したら、カップの中にお湯が入っていて、1回分のインスタントコーヒーとクリープが出てきたのには笑った。

人気ブログランキングへ

ファーストフード店

スマトラ島メダン市に行った時、ファーストフード店に入ってみたくなった。
Fh000019一軒目はたぶん、インドネシア資本のお店だと思う。そごうが入っているショッピングモール「サンプラザ」の確か地下1階。お店の中の奥にカウンターがあり、私はホットコーヒー ウィズ クリーム を注文。セルフサービスなので、店員はトレーに注文の品を乗せてお客が席まで持って行く。
カップの中を見て驚いた。カップの中はお湯、1回分のインスタントコーヒーとクリープがトレーの上においてある。この写真は見づらいが、手前右から、お湯入りカップ、インスタントコーヒー、クリープの順に並んでいる。

日本とずいぶん違うものだと思い、別の日に向かいにあったファーストフード店に入ってみた。アメリカ資本の世界中にある店だ。ここでは紅茶を飲んでみる事にした。入り口の向かいにカウンターがあり注文し、会計を済ませると、紅茶が出てくる。右側にある客席に座り、飲みながら観察を始めると、カウンターと客席の間に、小さなテーブルがあり、ハンバーガーを注文したお客さんが、そこに行き、備え付けのポンプでサンバルをお皿に乗せている。

国立民族学博物館のホームページに、ジャカルタのホックベンの記事があった。日本のほっかほっか弁当とはずいぶん違う。http://www.minpaku.ac.jp/education/university/gourmet/world/arata.pdf
世界中にあるファーストフード店。お国柄が出ていて面白い。

人気ブログランキングへ

2010.03.21

映画「アイ リメンバー ミー」試写会

難病の「慢性疲労症候群」があります。主な症状は、生活が著しく損なわれるような強い疲労で、その他に、微熱、リンパ節の腫脹、筋力低下、睡眠障害、頭痛やのどの痛み、筋肉・関節痛、視力・集中力の低下などがあります。

アメリカの映画監督で、ご自身も慢性疲労症候群の患者のキム・スナイダーの作品です。

「アイ・リメンバー・ミー」試写会&慢性疲労症候群を考える会

日  時:4月6日(火)12:00~15:00
会   場:衆議院議員会館1階 第1会議室
参加費:入場無料

ちらし⇒「irimemberme.pdf」をダウンロード

慢性疲労症候群という病気をご存知ですか。

病名を英語で Chronic Fatigue Syndrome、略称でCFSといいます。

病状は深刻です。多くの患者は寝たきりで、回復はまれで、病歴20年以上という患者も少なくありません。日常生活が著しく損なわれるほどの疲労感が長期に続き、原因が不明で、検査をしても器質的な疾患は見つからず、治療法もなく、多少回復しても一時的で再び発症をくりかえすという難病です。

CFSの患者は世界中にいます。長年に亘って「身体的疾患か精神的疾患か、そもそも疾患が存在するのか」といった議論が続いてきました。しかし、研究が進んだイギリスでは、2001年に保健省が、すべての医師がCFSを深刻な病気とみなし治療するように指導しています。アメリカでは2006年に、疾病予防管理センター(CDC)が、研究者や医師たちの研究結果を報告し、患者数100万人、精神疾患ではなく身体的な深刻な病気であると記者会見で宣言。以後、研究者や医師たちの活動を支援し、認知キャンペーンを推進しています。

日本では、1991年に厚生労働省にCFS調査研究班が発足しましたが、その後、なぜか廃止され、研究そのものが後退し、治療にあたる医師の数も減少しています。全国の医師の多くがこの病気を知らず、身体的疾患として認めないばかりか、「怠けている」とか「精神的なもの」と片付け、患者をさらに追い詰めています。

日本では38万人の患者がいると推定されています。患者たちは、見た目は健康なときと変わらないため、家族や医師たちに理解されず、病気のために職を失い、学校では“引きこもり”と誤解され、辛く孤独な生活を余儀なくされています。病気が進み長期化しても、救済のための社会保障も受けられません。外出するのも困難な病気のため、患者会さえまだありません。

 私たちは日本政府ならびに厚生労働省に対し、病気の認知を広め、医師たちの研究と治療活動を支援し、全国どこでも患者たちが診察を受けられるような環境を一刻も早く整えて欲しいと願っています。また、年金や就労支援、介護などの社会保障が受けられるようにしてほしいと求めています。たとえ生活保護が受給できたとしても、それだけでは患者は生きていけません。

この度、私たちの願いを国会議員の方々や、医療機関に携わるみなさんに共有して欲しいと願い、「慢性疲労症候群(CFS)を考えるつどい」を企画しました。「つどい」では、アメリカの慢性疲労症候群の実態を描いたドキュメンタリー映画「アイリメンバー ミー」の鑑賞をメインにして、参加者の皆さんとともに、慢性疲労症候群について語り合いたいと思います。

皆さんのご参加を、お待ちしています。

人気ブログランキングへ

銀メダル

パラリンピックでのアイススレッジホッケーは、銀メダルを獲得しました。

日本チーム、おめでとう。

人気ブログランキングへ

CIDP医療講演会・個別相談会

Cimg2612 CIDPの医療講演会と個別相談会が開催されました。主催は札幌市で北海道難病連が準備の一切をしてくださいました。参加者は50人くらい。神経内科の先生がCIDPについて、医療ソーシャルワーカーが身体障害者手帳、介護保険、特定疾患の説明をしてくださいました。講演会後の質疑応答が終わり、講演会を一旦閉めて、個別相談に入ります。会場の前の方にお医者さんとソーシャルワーカーのコーナー。ついたてをしてプライバシーを守っています。会場の後ろは患者会コーナーです。本部から理事二人が駆けつけてくださいましたので、支部役員二人と四人で対応が出来ました。

いつも顔を合わせている会員さん、始めてお目にかかる会員さん、今日入会してくださった方、大変ご無沙汰している他の疾患の方、会員ではないけどCIDPの方・・・。色々な方とお話が出来てよかった。楽しいひと時でもありました。

合間、合間に音楽療法に関わっている方とお話が出来ましたし、その一人がアロマテラピーもしていて、患者会で集まる時はお願いをするとアロマテラピーをして下るって。

個別相談会が終了したのが5時。
先生、ソーシャルワーカーの皆さん、準備をしてくださった北海道難病連の皆さん、有難うございました。

人気ブログランキングへ

2010.03.19

決勝進出!

パラリンピックに出場しているアイススレッジホッケー。 
準決勝の対カナダ戦で勝利し、決勝進出です!

決勝戦は、日本時間21日(日)午前4:00~
対アメリカ戦。

ここまで来たなら金メダルだ!

がんばれ ニッポン!!

人気ブログランキングへ←勝利を願い、ワンクリックお願い!

2010.03.18

業務連絡

「ここは僕らのふるさと」に柏原ホテルの記事をアップしました。
http://pikapikahikari.air-nifty.com/furusato/2010/03/post-8b90.html

明治時代に入り、渡航禁止が解かれてから、たくさんの日本人が東南アジアに行きました。戦前、蘭領(現在のインドネシア)に8,000人の時に、ミンダナオ島のダバオ市だけで2万人です。

大正時代に開業した「柏原ホテル」。現在は建物はありませんが、歩道に柱が残っています。

人気ブログランキングへ

柏原ホテル

Fh010019

ダバオ市サンペドロ通り。
この建物の右側が大阪バザール(大阪貿易ダバオ支店)、左側が柏原ホテルだった。

 ダバオ開拓の父といわれている太田恭三郎は、ルソン島ベンケット道路工事をしていた日本人を連れて、ダバオでマニラ麻栽培を始めた。1905年(明治38)ベンケットから100名を連れてきた第2回移民に、橋本音次医師と共にダバオに入った。橋本医師はバゴ、ミンタル、その他に巡回診療をしていたが、4年間の滞在の後ダバオを去った。
 その後、マニラで開業していた鈴木西照医師を呼び、ダバオで開業。その場所が、この写真の左側。
 太田は耕地方面を見る医師を得たいと台湾総督府に相談。天川保医師を紹介され、ミンタル病院の開業となった。

 1915年(大正4)柏原達象が鈴木医師の診療所跡にダバオでの初めての日本人旅館を営んだ。日本人による開拓が進み、日本人が多く出入りするようになったため、旅館は繁盛し、改築し設備を充実して大旅館になった。当時、ダバオに来る日本人の多くは、この旅館の世話になった。
 柏原達象は、1884年(明治17)6月23日、広島県御調郡重井村生まれ。海外発展を志し、19歳で西濠州ブルームに渡り、真珠貝採取に従事するも半年でシンガポールに引き揚げる。1905年ボルネオ経由でホロ島に上陸の後、コタバトで米人のボーイとなった。その後、米軍で勤め、多少の蓄えが出来たので雑貨店「やまと屋」を経営するも、米軍の引き上げで閉鎖しダバオに移る。始めはレガスピ街に住んでいたが、サンペドロ通りで旅館を始めた。
 

人気ブログランキングへ

2010.03.17

アイススレッジホッケー準決勝進出

パラリンピックのアイススレッジホッケー日本チーム。
1回戦の対チェコ戦は2-1で勝利し、2回戦の対韓国戦では5-0の大差で勝利。本日の3回戦は対アメリカ戦で0-6で負けてしまいました。世界の壁は大きいなと思いました。
 日本時間19日には準決勝があり、勝ったら決勝戦です。

日立に勤めている中北監督の動画が見れます。
昨年から今年にかけて、日本チームが国際試合のたびに成績を上げている理由がわかったような気がしました。http://www.film.hitachi.jp/movie/movie782.html

人気ブログランキングへ

2010.03.14

アイススレッジホッケー初戦勝利

 バンクーバーで開催されているパラリンピック。日本時間13:30~アイススレッジホッケーの試合がありした。対戦相手はチェコ。チェコのキーパーは大きな人で、ゴールのネットが見えなくなるくらい(?)です。
 試合開始早々、日本は積極的に攻めていきますが得点にはつながらず0対0で第一ピリオド終了。第2ピリオドで初得点をあげました。1点返されて、迎えた第3ピリオドでは日本は追加点を上げました。試合終了前はチェコはゴールキーパーも全員が攻めてきますが時間切れ試合終了。日本は大事な一戦を2-1で見事に勝利しました。
 試合の様子はネットで見られます。明日は対韓国戦。決勝トーナメントに進む為に、落とせない試合です。

人気ブログランキングへ

2010.03.10

動画 Whay back into love

イースタービレッジのビビが歌っている。今回はデェレクターも。
ビビは歌が上手だけではなく、とても頭のいい子だ。2006年に訪問した時は、サイエンスの大会で学校代表で出場し、2位を獲得してメダルをもらった。

人気ブログランキングへ

2010.03.07

中村中のトークとプレゼン

中村中の歌は引き込まれるし、曲は肌に合うので、好きです。

紅白に初出場の時は、テレビにかじりついて見ていました。

将来は美輪明宏のようになるのではないかと期待しています。

最近はトークが面白くなった中さん。

動画を見つけました。

人気ブログランキングへ

2010.03.06

CIDP医療講演会・個別相談会のお知らせ

CIDP医療講演会・個別相談会が、北海道難病連主催で開催されます。
申し込みは、3月10日から電話かファックスで北海道難病連まで。

講演会の講師は、独立行政法人病院機構 札幌南病院 神経内科 土井静樹先生がCIDPについて。
北海道医療ソーシャルワーカーが福祉制度について。

終了後は、土井先生とソーシャルワーカーが個別相談会をします。

===日程===
日時:3月20日(土)13:00~16:00
場所:北海道難病連
住所:札幌市中央区南4条西十丁目 難病センター内 3階大会議室
電話:011-512-3233
Fax :011-512-4807

===プログラム===
12:30 受付開始
13:00 開会
13:15 医療公演・福祉制度の概要
14:55 休憩
15:10 質疑応答
15:25 個別相談会
16:00 個別相談会終了

人気ブログランキングへ

2010.03.05

I lave the Loed

イースタービレッジの敷地に、聖堂が完成しました。その落成式のミサの様子です。

人気ブログランキングへ

Easter Village Journey For those who Continue the journry of life…

ビビの歌声に合わせてイースタービレッジの子供たちの様子や日本の青年たちの滞在の思い出を見ることが出来ます。イースタービレッジ オリジナル自信作。

人気ブログランキングへ

2010.03.03

パラリンピック

来週、パラリンピックが開催されます。

アイススレッジホッケーはメダルが期待されています。ゴールキーパーをしている、ミツさんのブログです。NHKの放送予定表等のパラリンピック関連のサイトが紹介されています。

がんばれ、にっぽん!!

人気ブログランキングへ

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »