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2015年8月

2015.08.25

清水宏保氏『挑戦する心』

Photo_2
清水氏語録から。。。

「非常識は結果を出すと常識になる」。
スピードスケートでオリンピックに出場し金、銀、銅メダルを取った清水氏は、身長が四捨五入して164センチ。以前はこの身長では全日本に選ばれなかったそうです。しかも小児ぜんそく持ち。喘息は運動誘発があるあらスポーツはしてはいけないと言われていました。これではトップになれない。それでもスケートをして全日本に選ばれました。自分の体と向かい合うといいのだそうです。
そういえば、水泳の鈴木大地氏も自分の体と向かい合うと言ってました。

「結果を出すのに1万時間必要だと言われている」
1日3時間して10年かかる。中学、高校生は普段のトレーニング以上のことをするのは時間的に無理。工夫をすればいい。例えば「前にならえ」をするときに小指を上にすると、後ろの筋肉を鍛えられる。物を持ち上げる時、手につかむと握力であげるが、指に引っ掛けるようにすると後ろの筋肉を使う。人と差をつけようと思うと後ろの筋肉を鍛えるといい。
後ろの筋肉を鍛えるのは、目からうろこでした。
「石の上にも3年」って、毎日没頭して3年なんですね。
何事も結果を出すのにコツコツと積み上げていかなければならないんですね。

そのほかに、イメージトレーニングは、体が反応するのを、実際にやってみたり、ホントに行って良かったと思いました。

シンポジウム『現代と宗教』

Photo『イスラム国の衝撃』の著者で、イスラーム政治思想史がご専門の池内恵先生が「イスラーム教と国際政治~グローバル・ジハードの来た道・今後~」と題して講演だというので、ワクワクして行きました。第1部のKeynote Presentationでは先生の持ち時間は30分で、私はメモを取りながらでしたし、講演が終わってからは客席にお座りになりましたので、後ろ姿しか見えないし、第2部のRoundtable Sessionで壇上の先生と目が合うことなく、結局3時間半同じ会場にいて、一度も視線が合わなかったという悲しい結果になりました。 
先生は「イスラム国」やイスラム教の説明は分かりやすかったので、もっと聞きたかったです。

辻康夫先生の「デモクラシーは宗教とどう付き合うか」では、宗教の大切さを感じました。私は、宗教は魂に関することで背骨を強くすると思います。宗教間の対話も大切ですね。宗教は自尊心の回復に必要で、犯罪、非行、アルコールや薬物の依存からの回復に宗教が活用されている例が紹介されました。

Roundtable Sessionで一番心に残ったことは、90年から生の希薄化が起きていることです。死体を見て自分が生きている実感を得るなんて、悲しすぎます。
生きている実感が無いのって深刻じゃないですか?
ネット上でつぶやくより実際に人と会って話すほうが良いし、便利な社会になったから意識的に体を使うのもいいし、喜怒哀楽の少しの感情を感じ取れたりと、スルッと抜けるような感じではなくて、手ごたえがあるような、そんなことが生きている実感を得るのにいいかもしれません。

「病気の力~幻聴さんいらっしゃい~」

Photo
日本カトリック障害者連絡協議会の全国大会が札幌で開催されました。
大会1日目の基調講演は、北海道医療大学教授で、べてるの家理事の向谷地生良先生です。先生は2001年に「当事者研究」を創案し、日本だけではなく世界に広がっています。
浦河町からべてるの家の人が数人(4人だったかなぁ、5人だったかなぁ?)来て壇上に上がり、精神障害との付き合い方を、面白おかしく話してくださいました。
自分ではどうしようもない障害をそのまま受け止めているのですが、マイナスだと受け止めないで、逆にプラスに変えています。日本とアメリカの幻聴さんはネガティブで、アフリカの幻聴さんはポジティブ。毎年開催されている、べてる祭りでは妄想・幻覚大会を23年していて、テレビで紹介された時の映像を見せてくださいました。

そんな話を聞きながら、新約聖書のローマの信徒への手紙の1節「わたしに与えられた恵みによって、あなたがた一人一人に言います。自分を過大に評価してはなりません。むしろ、神が各自に与えてくださった信仰の度合いに応じて慎み深く評価すべきです。」を思い出しました。

2015.08.17

キリノ大統領の恩赦

1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾しました。ポツダム宣言はアメリカ、イギリス、中国が日本に対してのものなので、フィリピンとは9月5日に降伏調印式が行われ、多大な犠牲を払った戦争が終わりました。

戦争が終わってから戦犯裁判が始まりました。
反日感情が激しい中で、公平な裁判を行うように、フィリピン側は努力しました。
戦犯の弁護士を担当した弁護士の自宅が襲われることもありました。

1945年2月3日から始まったマニラ戦が、日本軍がアメリカ軍に相当される3月3日で終わり、解放されてから、マッカーサー将軍の軍事補佐官をしていたルロス・ロムロな、ジープでキリノ上院議員(のちの大統領)の私邸を通りかかりました。キリノの家族の死体は「奇妙な格好のまま、埋葬されることなく、散らかっていた。」と証言しています。
キリノは自宅まで行きましたが、自分の家族を埋葬することすらできませんでした。
この様な体験のあるキリノが大統領に就任し、最後の仕事が、戦犯の恩赦でした。
吉田首相はキリノ大統領に謝電を打ちました。
「閣下の崇高でキリスト教精神に基づく措置について日本の全国民は永遠に記憶に留めることでありましょう。」

キリノ元大統領の恩赦の記事が「マニラ新聞」に掲載されていましたので、リンクします。

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