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地震・災害

2018.09.10

災害時の明かりの確保

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停電になると明かりを確保するためのいくつかある方法の一つを紹介します。
懐中電灯を上に向けます。
その上に水を入れたペットボトルを置きます。
光が乱反射して、明るくなります。
この方法、気に入りました。

2009.07.19

スマトラ島で再び地震/07年3月

インドネシア・スマトラ島の西で、昨日地震が発生。死傷者が出たようです。
スマトラ沖地震、ジャワ島中部地震、今回の地震とインドネシアは最近大きな地震が続きます。

西スマトラ島パダン付近で現地時間午前10時49分、日本時間午後0時49分、マグニチュード6.3の地震が発生。2回目はマグニチュード6.1。死者70人、負傷者215人。重機が追いつかず、瓦礫の下にいる人の救出が遅れているとの事。学校も壊れ、生徒4人が死亡。病院は負傷者であふれかえり、パダンでは使者が出なかったですが、津波を恐れた住民が外に出てパニックになったとか。

インドネシアでは、地震が起きたら、「外に出る」と教えられているそうです。
詳しくは「じゃかるた新聞」の記事をご覧下さい。

ジャワ島地震現地から①/06年6月

地震があったジョグジャカルタの大学に留学している学生が、友人たちと救援活動を始めました。現地から続々と連絡が入りますので紹介します。

物資を届けた一集落の状況です。

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この集落、わずかの家屋を残してすべてこのように崩壊しました。

今日は、車を2台見つけることができたので、きのうよりもはるかに物資を運ぶ量が増えました。

まだまだ政府からの援助が届いていないところが多いです。

今日は、(同じ大学で学ぶ)日本人の被災者からいただいた助言にしたがって、新聞も運ぶことにしました。インドネシアは、どこの家庭でも新聞があるような習慣ではないのですが、このような状況では、あれこれ情報を知るための道具として、大きな威力を発揮することが分かりました。

被災をまぬがれた地域は、すでにふつうの生活を取り戻していますので、ここで必要とされる物資を購入して、被災地に向かっています。あちこちのスーパーは、混雑しています。

集落に物資を届けているところです。車が立ち止まると集落のひとびとが次々にやって来ます。

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今日は、10箇所の集落を朝から日が暮れるまで、訪ねることができました。被害の状況ですが、けっして平均的でないということが分かりました。被害がひどいとされている地域でも、ほとんど被災を免れている集落もあれば、その反対(ほとんど家屋が倒壊)もあります。

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今まだ、電気が通じていない集落で、大きな問題になっていることがあります。あちこちで泥棒が現れていることです。不遇な生活に加えて、泥棒に警戒しなければならない生活です。このことは、新聞、テレビでも報道されています。どうしてこんなことをするひとがいるのでしょうか。まったく非道な行為です。今日は、夜まで活動を続けたのですが、電気が通じていない集落は、ランプ(オイルランプがほとんど)を使っているとはいえ相当に暗いです。

ジャワ島地震現地から②/06年6月

ジョグジャカルタに留学している学生から、メールが届きました。

      ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

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被害が相当にひどかった集落です。周辺集落も同じような状況です。写真左側の男性(頭に傷を負っています)の家屋です。この男性の母親がここで亡くなっています。

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今日の物資を購入後、仕分けしているところです。新聞も支援物資です。

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被災者から集落の様子を尋ねているところです。写真後ろの家屋は、完全に倒壊です。

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上の写真と同じ集落の避難テントの様子です。ここに相当数の世帯が避難しています。幼児用の食事が不足しています。

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夜に訪れた集落です。フラッシュをつかっているので、写真は明瞭ですが、男性が持っている(小さな)ライトだけが明かりを灯しています。一歩先は、闇です。

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テント内に相当数のインスタントラーメンが備蓄されているように見えますが、一日に一回だけの配給です。写真左側にて配給されています。この集落、車が行き交う道路に相当のひとがテントを張って溢れかえっています。

ジャワ島地震現地から③/06年6月③

ジョグジャカルタから、現地の様子が届きました。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

今日の活動が終わり、被災地から戻ってきたところです。今日は、車を使って物資を届ける予定でしたが、今朝になり急に車が手配できなくなってしまい、バイクを使うことになりました。車を使えないことをまったく誰も予想していなかったので、急遽、今日の予定を練り直しでした。出発は、すっかりお昼をこえてしまいました。

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闇夜を照らすためのランプです。小さな光ですが、今、とても大切な道具です。

少し大きめのランプです。これでも(オイルランプなので)明かりは、小さいです。それに加えてオイルが不足しています。

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今日は、きのう最後のほうに訪ねた地域、それから同じ集落を再び訪ねることにしました。今日は、全部で4箇所を訪ねました。きのうに比べれば、半分以下ですが、その意図としては、聞き取り調査(ニーズ調査)に時間を置くでした。今の状態では、被災したひとびとは、とりあえず何でも不足していると云います。今度いつやって来るか分からない援助を考えれば当然の答えなのかもしれません。ただしインスタントラーメンは、別のようです。もう飽き々してきているようです。

幸いにもインドネシアは、井戸水を使う家庭がほとんどです。今、水不足に見舞われていることはありません。しかし、水を汲むために倒壊した家屋に入っていかねばなりません。

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:きのうも訪ねた集落です。きのうは、無かったビニールテントが(政府からでなく)届けられたようです。ここに人々が集います。

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聞き取り調査に時間を置くことにしたのは、きのうまでの活動からの反省です。当たり前のことですが(きのうまで気づかなかったのですが)、女性と男性とでは、必要としているモノが異なるということです。やはりこんな災害に見舞われても性別分業は、しっかりとしています。たとえば、食料物資に関して聞き取りをすると、男性は、もう十分にあるという回答が案外に多かったのですが、女性は、まだまだ不十分と回答します。その回答の背景は、料理の準備は、女性が行なうからです。男性の回答は、もしかすると表面的なモノなのかもしれません。今後、被災生活の質をいかによくするかが問題になってきます。今後の活動の標を決めるためには、このような問題に配慮することは大切だと思います。

今、インドネシアの国旗の掲揚のされかたです。

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今日は、帰路、バイクのタイヤが二回もパンクしてしまいやれやれな気分(といっても後部に座っているだけ)でした。

明日もバントールの北に向かう予定です。

それでは、また。

ジャワ島地震現地から④/06年6月

ジョグジャカルタの学生から報告が届きました。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

3日の活動の報告です。地震が起こってから一週間が過ぎました。被災地へ向かう車やバイクの量が目に見えて減ってきました。以前のような大きな渋滞がほとんどなくなっています。

今日は、被災地に運ぶ物資をある教会に求めることにしました。毎日、物資を出発前に準備しては、運ぶ作業をしていたので、その時間を節約するためでした。ここには、多くの寄付によってモノが豊富に揃っているように見えます。ここに物資を求めるには、一定の手続きが必要です。それは昨日に承知済みでしたが、いざ手続きを進めようとすると、案外に時間がかかってしまいました。今日は、バイク3台を使っての活動でした。被災地で(簡単な)調査をして、その結果を教会に持ち帰り、説明を済ませた後に、物資を手にすることができます。必要なモノを必要な場所に届けるうえでは効果があるかもしれませんが、少々時間を要するのです。この教会、物資を運ぶ人手が足りないといっていました。

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今日は、被害がひどいとされるバントゥールのイモギリに向かい五箇所の調査を手分けして行ないました。予想していた以上に被害は、ひどかったです。調査を終えて教会にたどり着いたころには、すっかり日が暮れ始めていたので、止む無く二箇所だけに物資を届けることにしました。一部報道によれば、先日イモギリで物資の略奪行為があったということで、少し心配しながら、そして無事を祈りながら道を進めました。田舎道の多くは、まだ、明かりが灯っていません。バイクの灯すライトだけが頼りです。明日もイモギリに向かうつもりです。

ジャワ島地震現地から⑤/06年6月

ジョグジャカルタからの報告です。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

65日の報告です。インドネシアの家屋、とくに貧しい世帯の家屋ほど、レンガだけを積み上げた、そして少しだけのセメントを使った構造です。鉄筋を使うことはありません。だから、地震が起こるともろくも崩れてしまうのです。皆さんが、映像で目にされた光景は、そのような家屋ばかりです。

今日は、一週間ぶりに大学に向かいましたガジャマダ大学は、被害がほとんどなかったのですが、しかし一週間休みでした。

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今日は、夜、バントゥールのセオンに向かいました。今、専門高校で日本語の授業の手伝いをしているのですが、そのひとりの生徒から、被災したという連絡をもらっていたのです。セオンは、すでに国軍が支援に入るほどの地域でした。おそらくセオンは、バントゥールの被災各地に向かう幹線道路沿いに位置するからではないかと思います。とはいえ、ほかの集落と大きな違いが目に見えてあるかといえば、そうではありません。しかし大切なことは、政府がやって来てくれたという標しではないでしょうか。彼女の集落には、テント、毛布、懐中電灯を運びました。きのうまで、彼女の集落まで届いていなかった電気ですが、すでに街灯が灯っていました。

ジャワ島地震現地から⑥/06年6月

ジョグジャカルタからの報告です。写真がうまくアップできなくてごめんなさい。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

67日の報告です。今日のニュースによると、政府から被災者ひとり当たり一日3000ルピア(およそ40円)が支給されると発表されていました。すでに一部地域では、この支給が始まったようですが、詳しいことについては分かりません。

今日の夕方、日本人会の方からテント(ビニールシート)を手にすることができたので、それをきのう訪ねた運転手の方の集落に運ぶことにしました。そのまえに、ほかの集落と日本人の被災者を訪ねました。今日、訪ねた集落は、ジョグジャカルタ(市)のコタグデでした。バイクを走らせながら集落近くまで来たときには、状況を眺めながら、大丈夫ではないかと思っていましたが、これは間違いでした。この集落に入るまでの道がそのような状況であって、集落に入ると状況はまったく異なっていました。ひどい状況です。支援の状況を尋ねると、今は、ほとんど知り合いに求めているといっていました。私たちが集落にたどり着くまえに持った印象が政府を含めたほかの支援者にも持たれてしまっている可能性が大きく、この集落は、通り過ごされているかもしれません。

日本人の被災者ですが、今は、すでに(親戚)家族のところに避難していました。被災した家屋の写真を見せてもらいましたが、完全に倒壊してはいませんでしたが、おそらく取り壊して再建ではないかという印象を持ちました。さて、運転者の方の集落にテントを届けたころには、すっかり夜が深けていました。やはり借りていたテントが返されていました。ビニールシートと竹で作り上げたテントには、窮屈な状態でひとびとが眠っていました。私たちが運んだテントが今の窮屈さを少しでも和らげることを願っています。

ジャワ島地震現地から⑦/06年7月

ジョグジャカルタから、報告が届きました。

 

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今、被災地は、緊急支援の時期を脱して、復興の時期に入っています。今、ぼくたちが進める支援活動ですが、仮設住宅の支援です。この支援活動に入った理由ですが、2、3ヶ月後にやって来る雨季への大きな心配です。こちらの雨季、皆さんもすでにご存知かと思いますが、ものすごい量の雨が一日に何度も降り注ぎます。

今、被災地したひとびとが暮らす急ごしらえのテントでは、(構造的、またひとびとの精神的にも)、この雨季にとても耐えられないと考えています。雨季がやって来るまでになるべく多くのひとびとが丈夫な屋根の下で暮らせるように支援することがぼくたちの活動です。

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グデック(竹を編んだモノ)を運んでいるところです。これを仮設住宅の壁にします。

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まだまだこのような急こしらえのテントで生活するひとびとがたくさんいます。これから支援予定の集落です。

ジャワ島地震現地から⑧/06年8月

ジョグジャカルタから報告が届きました。

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地震が起こってから二ヶ月が過ぎました。その間にもランプン、西ジャワ、バリと続きと地震が起こっています。今、インドは、地震の季節とどこかで耳にしました。

これから、私たちのグループが支援活動(仮設校舎)を始めるスレマン県のブレベル小学校の写真を送信します。この小学校、すべての生徒(150人ほど)が屋外のテントで勉強を余儀なくされています。テントは、日本政府とドイツの団体から贈られたモノです。校舎は、倒壊していませんが、もう使えないと判断されました。私たちのグループですが、ようやく名前(Paguyuban Handarubeni)をつけました。これまで、たびたび、どこから来たのかと方々で尋ねられて、答えに窮していたのですが、ようやく答えられるようになりました。

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テントのなかの様子です。太陽熱をまともに吸収するので、テントのなかは、熱がこもってとても暑いです。

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生徒たちがテントで勉強しているところです。校庭にテントを張っています。このテント、日本政府からのモノです。

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校庭には、みっちりとテントが張られています。校庭には、遊ぶ場所など、まったくありません。

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ガジャマダ大学工学部(土木工学科)がユニセフと協力して校舎の緊急調査をした結果です。赤色のシールは、もう使用できないマークです。この校舎、いずれ解体が始まります。