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本紹介

2019.12.29

かの書房

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今年、開店した個人経営の書店『かの書房』に行きました。
きっかけは、「放課後のいわた書店」で第2部の居酒屋で、加納さんの隣に座ったことです。
自分で本を選べないのがコンプレックスでした。
家に帰ってから思い起こすと、選べないのは大型書店とチェーン店なんです。
図書館、古書店、いわた書店では選べるていると気が付いたら、スッキリしました。
そこで、加納さんのお店『かの書房』に行きました。
選べましたねぇ。
3冊買いました。
レジの所で加納さんと話をして帰ってきました。
加納さんと話せたのも良かったです。
『かの書店』は、イイ感じのお店です。

住所:札幌市豊平区美園3条8丁目2-1
営業時間等は、Twitterでかの書店を検索してご覧になってください。

2019.12.27

放課後のいわた書店

一万円選書で有名な砂川市にある「いわた書店」初イベントの「放課後のいわた書店」に参加しました。
毎週土曜日は午前中までの営業ですので、この日は3時ごろから参加者自らシャッターを開けて店内に入ります。
ゆっくり本を選んで(見るだけでも良し)、5時ごろに裏の居酒屋さんに行き、店主を囲んで異業種交流会のようなことをしました。
初めて会う人同士で、どんな話になるのかなと思いきや、話題は本です。
札幌でただ一軒の個人経営書店の店主も来ていました。

私は、どういうわけか、大型書店では、読みたい本のコーナーを目指して行き買いますが、本を選べないんです。
平積み、面出し、ポップがあっても、目が書名の上を滑っているって感じです。
でも、いわた書店では選んで買えるのです。
庶民的で居心地がいいので、ゆっくり選べてまとめ買いをしても総額を気にしなくていいのです。
個人経営の書店の方が肌に合っているようです。
そんなわけで、この日もまとめ買いをしました。

太宰治『お伽草子』

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太宰治『お伽草子』新潮文庫、昭和47年発行、

 この本は、「盲人独笑」「清貧譚」「新釈諸国噺」「お伽草子」の4編を納めている。
「盲人独笑」は昭和15年7月の『新風』、「清貧譚」は昭和16年1月の『新潮』、「新釈諸国噺」は昭和19年1月から11月号にかけて諸雑誌に、「お伽草子」は昭和20年7月に完成しているから、日中戦争から大東亜戦争終結までに書かれた作品となる。

この中で、防空壕の中で娘に読み聞かせをしていた絵本を題材にしたお伽草子を紹介する。
「瘤取り」
このおじいさんは酒飲みで、家族から疎まれている。家族は家事にいそしむ妻と、真面目一鉄で聖人のような息子が居るから、実に立派な家庭である・・・と太宰は想像した。
おじいさん、なぜか家の中では浮いている。話し相手は顔に出来た大きな瘤で、孫のように思っている。その大事な瘤を鬼に取られてしまった。人の容姿をとやかく言ってはいけないと考えている聖人の息子は、このことに触れず、妻は何も問題にしていないから、瘤が無くなった出来事をおじいさんは話が出来なかった。
近所に周りの人から一目置かれているおじいさんも頬に大きな瘤があり、恨んでいる。
家族も瘤を否定している。瘤が無くなったおじいさんの所に行き、いきさつを聞き、鬼の所に行ったが、緊張のあまり歌と踊りが下手になり、鬼は怒って取った瘤をつけた。
瘤を無くしたおじいさんとその家族、山に住んでいる鬼、瘤が増えたおじいさんとその家族は悪いことをしていない。性格の悲喜劇だと太宰は最後に言っている。

「浦島さん」
浦島太郎は丹後の水江に実在する人物らしい。太郎をまつる神社があるという。が、海を泳ぐ亀は小笠原、琉球、台湾が産地で、ここまで上がってきそうもない。沼津の海浜宿で一夏を過ごしたときに見た赤海亀にしよう。潮流を考えると上がってくるはずが無いと言われたら、出現する訳のないところに出現した不思議さ、ただのウミガメではないということにしておこう。・・・と太宰は決めた。
陸上と海中とでは考え方が全く違う。竜宮城で出会った乙姫はフワフワしているひと。すべてを受け入れすべてを許す。
竜宮城から帰ってきた浦島太郎は、お土産の箱を開けたら煙が出て一気に300歳になりおとぎ話は終わった。箱を開けなきゃよかったのに、竜宮城から帰ってこなければよかったのにと私は浦島太郎を悲劇のヒロインだと思っていた。
しかし太宰は言う。
年月は人間の救いである。
忘却は人間の救いである。
思い出は、遠く隔たるほど美しく、忘却は無限の許しを得られる。
浦島太郎は帰ってきたら寂しくなり、救いを求めて箱を開けたら、300年の年月と忘却があった。

「カチカチ山」
カチカチ山の兎は17歳の少女、惨めな敗北をする狸は兎の少女に恋をしている37歳の醜男だと太宰は断言する。
狸にあんなひどい仕打ちをするのは男らしくない。狸汁にされる所を逃げ出し、ばあさんを欺いたのは正当防衛だからだ。
狸は兎に惚れていたから兎の言いなりになった。兎はギリシャ神話に出てくるアルテミスのように気に入らないことがあったら残忍なことをする。
女性にはこの無慈悲な兎が一匹住んでいて、男性には善良な狸がいつも溺れかかってあがいている。

「舌切り雀」
主人公は体が弱く、朝起きて部屋の障子にはたきを掛け、箒で塵を掃き出すと、ぐったりするくらいだ。年齢はまだ40歳にもならない。・・・と太宰は考えた。
主人公夫婦の家に雀が一羽いついた。ある日、主人公の爺が雀と話しているのを妻に聞かれ、若い娘と話をしていると勘違いをし、夫婦げんかになった。
どこにでもある夫婦げんか。。。
この雀と話をしていたのだと言っても妻は信じない。ならば、この雀のしたを取ってやると言い、むしり取ったのであった。爺は飛んでいった雀を、がむしゃらに探した。爺には侘しさがあったのかもしれない。
雀のお宿に行った爺は、舌を切られた雀と会い、平安なひとときを過ごしてすぐに帰った。
事の次第を話してもにわかに信じない妻は雀のお宿に行き、大きな葛籠を背負って帰ってくる途中、息絶えたのである。
決して欲を出したので無く、雀に嫉妬していたのであった。

おとぎ話は道徳の教材のように語られているが、実は人間の本質に触れるものである。

水島宏明『母さんが死んだ』


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水島宏明『母さんが死んだ 新装増補版』ひとなる書房、2014年

 昭和62年1月、札幌市で子供3人を残してお母さんが自宅で亡くなりました。死因は餓死。このときSTV(札幌テレビ)でディレクターをしていた著者は、取材し制作した番組がギャラクシー賞など3賞を受賞し、平成2年に本を出版、平成26年に新装増補版が発売になった。

お母さんの名前は岡田恭子、享年39歳。子供からの連絡で近所のひとが行ったときは、電気こたつから上半身を出し、ふっくらとした体型はミイラのようになっていた。


中央区に住んでいたときは、働いていて生活費の不足分は生活保護を受けていた。家賃の節約をするために白石区の市営住宅に引っ越したが、生活保護は受けられなかった。

法律では生活保護を受けるのは国民の権利だとしているが、保護費抑制をし始めてからは申請の前に行われる相談段階で、困窮していても切っている実態が浮かび上がってきた。

「明るく豊かに見える消費社会。その砂上楼閣の薄皮一枚隔てたところで、貧困というがん細胞が国民を徐々に蝕んでいる。暮らしに不自由しない「中流」の家庭も、離婚や事故、病気や老いなどのきっかけ一つで、生活苦へと転げ落ちていく。行政が救おうとはせず、ますます増幅される貧困のひずみ。それが地方へ、母子家庭へ、老人へ、子供たちへ、と力の弱いところへ一気に押しよせている。」状況は、32年たった今も変わらないなと思った。

2019.09.10

恩田陸『蜜蜂と遠雷』

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恩田陸『蜜蜂と遠雷』幻冬舎、2016年

ピアノコンクールを舞台としたこの小説は、4人の若きコンテスタントが登場します。
私の一押しは、蜜蜂王子だな。
映画ではどなたがピアノの担当になるのか出てるけど、かなりしばらくクラシックは聴いていないから、誰がどんな演奏をするのか分かりません。
(かなりしばらくって、40年とかね)
知らない人の名前ばかり。

Youtubeに、この小説に出てくる曲がアップされていましたが、蜜蜂王子が演奏した「ずいずいずっころばし」をルンバにアレンジしている曲は無かったな。
「ルンバ」で検索したら、掃除機のルンバばかりの中に「コーヒールンバ」がいくつか。。。聞きたかったのに。。。

聞いている人の感想を読んでいると、曲が流れてくるのを感じます。
身構えなく、アナリーゼした様子も無く、蜜蜂王子の音楽は透明感があるように思います。
だから、聞いている人の心の奥深くにある綿毛のような所に触れて、共感や反発という反応を呼び起こすのです。

一次予選、二次予選を通過し、三次予選。
やっぱり蜜蜂王子の演奏はいいねぇ~。
自然の猛威と驚異、美しさをよく知っていて、対話し戯れる。
この世の中は音楽であふれています。
風が吹き、雨が降り、打ち寄せては帰る波、人々の話し声。。。

音楽療法の先生がおっしゃっていた言葉を思い出します。
人は生まれたときから旋律に触れている。
言葉を発する前から旋律を発している。
「だ だ だ」とか「あ あ あ」で。

蜜蜂王子が師匠と交わした約束「音楽を外に連れ出す」って、どういうことなのかしら?
師匠と一緒に、またコンテスト期間中も模索しています。
本選でオーケストラとの共演の時に、何かをつかみました。

この小説を読んでいると、コンサートホールにいて曲を聴いている感じがします。
曲を聴いていると言うよりも、その曲のイメージを思い浮かべて、それに曲がついてくるような。。。

蜜蜂王子以外の3人のコンテスタントは、彼の演奏に触発されています。
それぞれが自分の演奏を模索していきます。
そして、コンテスト期間中も成長し続けます。

日本で行われたピアノの国際コンクールで、蜜蜂王子は何位になったでしょうか?
それはこの本をお読みになってください。

北岡伸一『世界地図を読み直す 協力と均衡の地政学』

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北岡伸一『世界地図を読み直す 協力と均衡の地政学』新潮社、2019年

この本は放大付属図書館に購入リクエストをし、買ってもらいましたので、学習センターに取りに行くと既に予約が入っているから貸し出しの延長は出来ないと言う。
本を買い学習センターに送る手続きをしますとメールが来てから1週間以内にです。
早いなぁー。

著者ははじめにで、「平成の30年は停滞の30年だった。世界のGDPの17.7%を占めていた日本は今や6.1%を締めるに過ぎなくなった。日本のプレゼンスはGDPで見る限り三分の一となってしまったのである。・・・安全保障政策においては・・・一定の前進があったが、中国の軍拡、北朝鮮の核とミサイルの増強などは、遙かに日本を上回るペースで進んでおり、日本の安全保障環境は悪化している。」から始まります。
日韓関係、日ロ関係、日北朝鮮関係は、それぞれうまくいっていないな。
「マルチ外交や世界を相手にした外交では、日本の立脚点を定めることがまず必要である。日本はどこにたっているのか、何を目指すのか。それがあっての二国間関係ではないだろうか。」やや遠くから日本を眺めて日本の立脚点を考察していこうというのが、この本の狙いである。」

序章で「インド太平洋構想」の説明をしてから世界各国を訪れます。
第1章はロシアの影響を強く受けている国々、第2章はアフリカ、3章は中南米、4章は南太平洋、5章はアジア、終章は世界地図の中を生きる日本人です。

読みながら世界での日本の立ち位置を考えるもよし、脳内世界旅行をするもよし。
どちらにしても視野が広がります。
日本は教育、人材の育成、保健衛生、法整備などに実績があります。
海外協力をするときはお互いの利益のためにこれらを行っています。
「お互いの利益」とは、仲間作りで、安全保障にもなるのです。
仲間作りかぁ~。。。
これって大事だよね。
自分の手の届く範囲でも。

2019.08.25

小川糸『キラキラ共和国』

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この本は『ツバキ文具店』が面白かったので、同じ著者の本だからと思い買いました。
登場人物が同じなので、読み始めてすぐに、『ツバキ文具店』の続編だって分かりました。
帯に、『ツバキ文具店』待望の続編って書いてありました。
本を買うときに帯は目に入っていません。
あぁ~、懐かしのポッポちゃん。

ポッポちゃんは、あのカフェのマスターと結婚したところからこの物語は始まります。
ポッポちゃんは文具店の経営と代書業を続けています。
頼まれる代書は、家族宛のものばかりで、様々な関わりががります。
よい関係を築いている人も居れば、そうでない人も居ます。
そうではない人でも、それにあらがう気持ちも出てきます。
これらのシーンごとに自分の過去を思い出します。
この感覚を例えると、花壇に咲いている植物を、ミントかもしれないと思って葉っぱをちぎり手でもんで、匂いを嗅いで「あっ、違う」と思った時の感覚が一番ぴったりします(この思い出がしっくりくるとは、マジですか!)。
ちょっと残念な感覚が入っているのは、人生はままならないし、ほろ苦く感じるときもあるけれど、自分の人生に後悔がないからです。

ポッポちゃんや代書を頼む人とは違う人生を歩んでいるのに、自分の過去を思い出すのは、これがあるかもしれません。一部引用します。
「竹はなんて潔いのだろう。迷うことなく、天に向かって一心に伸びる姿がうらやましくなる。ただ、上空を見上げると、一本一本が独立しているように見える竹も、上の方の葉っぱは互い互いに支えている。そして、根っこではみんなが繋がっているなんて、なんだか家族みたいだなーと思った。」

2019.08.18

原田マハ『キネマの神様』

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原田マハ『キネマの神様』文春文庫、2011年

映画館にはキネマの神様が住んでいます。神様は映画好きの人に宿ります。
この小説の登場人物は、全員映画好きで、キネマの神様が降りてきました。
すると、どうなるか?
金儲けは出来ません。なぜなら、神様は物質的なことに関心がないからです。
神様は何に関心がおありなのでしょう?

主人公の歩が転職した先の会社は出版社で、知る人ぞ知る映画雑誌を発行していますが、廃刊寸前に追い込まれています。
この状況を打開しなければなりません。
まずはブログの開設から始まりました。
ブログの管理者は、社長の引きこもり息子です。
映画を見た「ごう」がその映画について記事を書きます。
「ごう」は、ギャンブルと映画が大好きな家族泣かせの男性です。
ごうは、ブログを書くのに生きがいを見いだし、ギャンブルから離れられました。
次に、このブログの英語版を作ることになりました。
訳するのは歩の元職場の人で、アメリカ在住の女性です。
しばらくすると、「ローズ・バッド」と名乗る人から英語版にすごいコメントがつきました。

「親愛なるゴウ
どうやら君たち日本人は、我々アメリカ人の心の奥深くに柔らかく生えている最も敏感で繊細な「父性への憧れ」という綿毛を逆なでするのが趣味らしい。
君の評論「フィールド・オブ・ドリーム」を読んだ。なにやら「キネマの神様」への報告だということだが、それがもし本当の神様なら、君の寝言に耳を傾けたよだれまみれの口を直視できるほど、人間性に富んではいないはずだ。君の評論をまともに受け止めることの出来る神様は、極東の竹林(バンブーウッド)には住んでいても、聖林(ハリウッド)には住んでいない。まず、それを君の肝に銘じさせることから始めよう」

何という挑戦的なコメント。
しかも、この文章はただ者じゃない!
どうする?ごう!

ゴウはこの挑戦を受けて立ちました。

こうして2人はネット上でコメントのやりとりを行っていきました。
ゴウは映画の光の差す部分に目を向け、ローズ・バッドは闇の部分に目を向けます。
2人は交わることはありませんでしたが、お互いに相手に敬意を払っているのが感じられます。
一つの映画を全く別の見方の論評が読めるのです。
あぁ~、何という幸い!

そんな2人が一つの方向を向いた映画があります。
それは「硫黄島からの手紙」です。
なぜなら、2人はこの戦争の時に従軍していたからです。

この小説には、いくつもの映画が出てきます。
一番大事な映画は「ニュー・シネマ・パラダイス」なのです。
小説の始めから終わりまで、この映画が根底に流れています。
「ニュー・シネマ・パラダイス」は、低迷を続けていたイタリア映画が復活したと世界に知らせた映画です。

「キネマの神様」に登場する人物は、それぞれが事情を抱えています。
そこから乗り越えて前に進めるようになったのは、映画を愛する人の所に「キネマの神様」が降りてきて、困難を乗り越えて自分の人生を歩めるように、人との出会いを作ってくれているからです。

「ローズ・バッド」は何者かって?
小説に登場する人物は、どのように変わっていったかって?
それはこの小説を読んでください。

映画って、ホントにいいですね!

 

加納朋子『カーテンコール』

 

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加納朋子『カーテンコール』新潮社、2017年。  

よんどころない事情により閉校になる大学、萌木女学園最後の卒業生。
そう。 最後なのです。
なのに単位が不足して卒業できない学生がいるのです。

大学側の温情により、半年寮生活を送り補習を受けてから卒業できるようになりました。
大学の敷地内にある元寮の内装に手を入れた建物です。1階が講義室兼食堂と理事長夫婦、校医の部屋で、2階が学生の部屋です。
そこに集まった女子大生は、「全体的に、元気もなければ、意欲もない。やる気もなければ覇気もない、ないない尽くしの集団だった」。...
まぁ、ね。
全員単位が不足なわけで・・・。
そういう中で1人だけキラキラ輝いて、しっかりしている子がいました。
この子も単位不足なわけで・・・。

 
寮は2人で一部屋。朝、起きれなかったら車椅子に乗せられて教室兼食堂に行き、朝食をとる、から始まり、パソコン持ち込み不可、通信手段は葉書だけ、学生の要望には大体応えられません。しかも外出禁止。3度の食事とおやつは理事長の奥さんと娘さんが、きっちり栄養計算をして作ります。和食中心で若い子向けじゃない。物足りないからマヨネーズをかけるのも不可。
ここは刑務所か!
単位不足になった理由は、それぞれあります。 でもね、その理由があるからといっても見逃してもらえないんです。 することはしなきゃ。

半年間、共に規則正しい生活をし、勉強をする。
学生同士、理事長夫妻、校医との関りを通して、自分自身と向かい合うのです。


本の最後の方で、死にたいと思っている子の促しがあって、理事長は昔話を始めます。 それは、理事長がご自分の人生を決定づける出来事でした。

そして迎えた卒業式。
全員卒業できたのが開学以来初めての事でした。
入学したくても出来ないで亡くなった理事長の姉と孫娘の写真と共に。

2019.06.26

井上ひさし『欲シガリマセン欲しがります』

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井上ひさし、こういうのを書いているんだね。
この本は、学習相談日に行ったら、先生から紹介された本です。アマゾンで買いました。大学教員が紹介した本が22円とは、悲しくなりました。
OPACで検索したら、放送大学附属図書館にあったんですから。先にこちらを見ていたら、悲しくならずに済んだのに。。。...

この本は社史から戦時中の様子を拾っていったものです。
おなかがすいたら食べるものが欲しくなるでしょ。
仕事をするのにもモノが必要でしょ。
電話、電報など通信は軍や官公庁が優先で一般の人は我慢なんだけど、何かにつけて必要でしょ。
船は徴用されるし魚雷などで壊れるから輸送手段は鉄道になるんだけど、災害や空襲で補修がままならない。
出版社は発行していた雑誌は休刊になり、全集は途中でおしまい。
女子学習院のやんごとないお嬢様たちの疎開先では、紙にケーキなど、食べたいものを描いて見せやっこしていた。
玉音放送前後の食事は、気の毒としか言いようがありません。

「欲しがりません、勝つまでは」の言葉の裏は「欲しがります、いつまでも」になるのです。

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